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小説「墓場」に現れたる著者木下氏の思想と平民社一派の消息
しょうせつ「はかば」にあらわれたるちょしゃきのしたしのしそうとへいみんしゃいっぱのしょうそく
作品ID48139
著者石川 啄木
文字遣い旧字旧仮名
底本 「啄木全集 第十卷」 岩波書店
1961(昭和36)年8月10日
入力者蒋龍
校正者阿部哲也
公開 / 更新2012-04-28 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 木下尚江著小説「墓場」。
 明治四十一年(一九〇八)十二月十三日東京本郷弓町一丁目二番地昭文堂宮城伊兵衞發行。翌四十二年二月再版。著者の著作の順序からいへば「乞食」の後、「勞働」の前。
 著者の小説は概して二つの種類に分けることが出來る。一は或思想を説明若くは主張する爲に其處に或事件を空想的に脚色したもの、さうして他は著者自身の實際の事歴を經として叙述したもの。――この墓場は、それに書かれた色々の事件が、著者の告白書「懺悔」及び平民社一派の歴史的事實と間々吻合してゐる點から見て、假令其處には隨分多量に作爲の跡を見るにしても、後者の系統に屬するものであることは明かである。しかしそれが著者自身に於ての最も重要な時期――嘗て平民社の有力者、第一期日本社會主義の代表者の一人として活動した著者が、遂にその社會主義を棄てて宗教的生活に入るに至つたまでの――思想の動搖を一篇の骨子としてゐる上に於て、日本に於ける社會主義的思潮の消長を研究する立場からも極めて眞面目な興味を注ぎ得べき作である。又單に一箇の小説として見ても、著者の作中では最も優れたものの一つである。同じ傾向に立つ「勞働」のやうに散慢でなく、反對の系統にある「乞食」などのやうに獨斷的な厭味もない。故郷に歸つて追憶をほしいまゝにするといふ結構それ自身が、何人の興味をも集め得る傳習的の手段であるとはいひながら、間々鋭い批評を含んだ叙述の筆にも讀者を最後の頁まで導く魅力は確かにある。尤もその長所がやがてまた此の小説の短所――詮じつめて言へば著者それ自身の短所のある所である。即ち、彼は既に一箇の小説として格好な題材を捉へ、且つそれを表現すべき格好な形式を作り出しながら、それを小説として完成すべく、その創作的態度の上に餘りに露骨に批評家としての野心を見せ過ぎてゐる。若し彼にして眞に忠實なる一小説家であつたならば、必ず其處に一つの小説が有すべき力學的要素と其量に就いて適當な按配を試みたに違ひない。しかく色々の過去の事物及び半過去の領域に屬してゐる故郷の現状に執着する代りに、もつと強く且つ深く現實の壓迫を描いたに違ひない。(書中に於ては、主人公が目前に用事を控へてゐながらふらりと故郷に歸つて來て十日も經つのに、東京の妻からたゞ一通の手紙が來た外に、何等その現實の生活との交渉が語られてゐない。)さうして其處に此の小説の本旨が却つて一番強く且つ深く達せられたに違ひない。

 種々の事實によつて推察するに、この小説の時期は明治三十九年(一九○六)六月である。
 日本に於ける第一期社會主義運動は不思議にも日露戰爭と密接な關係を以て終始した。戰爭の前年(三十六年、一九〇三)十月、萬朝報社の非戰主義者の内村鑑三、幸徳傳次郎、堺枯川の三氏は社長黒岩周六の開戰不可避論を承認することが出來なくて連袂退社を決行した。さうして三氏の中の社會主義者…

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