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無題
むだい
作品ID48163
著者石川 啄木
文字遣い旧字旧仮名
底本 「啄木全集 第十卷」 岩波書店
1961(昭和36)年8月10日
入力者蒋龍
校正者小林繁雄
公開 / 更新2009-11-02 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 幸徳等所謂無政府共産主義者の公判開始は近く四五日の後に迫り來れり。事件が事件なるだけに、思慮ある國民の多數は、皆特別の意味を以て此公判の結果に注目し居ることなるべし。予も其の一人なり、而して予は未だ此の事件の内容を詳細に聞知するの機會を有せざりしと雖も、檢事の嘗て發表したる所及び巷間の風説にして誤りなくんば、其企畫や啻に全く辯護の餘地なきのみならず國民としては、餘りにも破倫無道の擧たり、又學者としての立場より客觀的に觀るも殆んど常識を失したる狂暴の沙汰たり、何等の同情あるべからず。たゞ茲に此の事件に關聯して予のひそかに憂ふること二三あり。其一は政府が今夏幸徳等の事件の發覺以來俄かに驚くべき熱心を表して其警察力を文藝界、思想界に活用したることなり。其措置一時は政府の意が殆ど
 △一切の新思想を根絶 せしむるやにあるやを疑はしめたりき。或は事實に於ては僅々十指に滿たざる書籍の發賣を禁止されたるに過ぎざれども、一般文學者學者等凡て思想的著述家の蒙りたる不安の程度より言へば正に爾か言ふを得べし。これ或は政府の從來社會教育の上に表したる方針を一貫す。由來道徳は政治文學哲學等と同じく其根諦は或は不變なるべしと雖ども、其形式内容共に各時代によりて多少相違あるものなり。其の之を考へずして苟くも在來の道徳に抵觸するものは一切禁遏せんとするが如きは無謀も甚だし。近五十年間に於ける吾邦の進歩は、吾社會の有らゆる方面の面目を一新したり。表面の面目の一新せられたるは又其内部の種々の事情も共に一新せられたるを證す。然るに今政府の措置にして此一新せられたる社會に對して數十年若くは數百年前の道徳箇條を其儘強用せしめむとするの態あるは何ぞや。是政府自ら明治文明の重大なる文明史的意義を否定するにも似たらずや。斯く言へばとて予は決して今日の青年の思想的傾向を是認する者に非ず、唯彼等の今日あるは長き因縁と深き事情とに因するを知るのみ、之を匡正し誘掖するには、自から他に途あるべし。さらでだに其の父兄の手によりて經營せられたる明治の新社會が既に完成の域に近く、今後彼等青年が自發的に活動すべき餘地の少き時に當り、爲政者の壓迫斯の如きに於ては其の趨る所果して何處ぞ。嘗て一評家は露國に於ける革命運動頓坐以後のサーニズム全盛を以て他岸の火事に非ざるを警告したりき。政府[以下斷絶]



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