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山吹
やまぶき
作品ID48334
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成7」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日第1刷
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2011-05-15 / 2014-09-16
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



山吹の花の、わけて白く咲きたる、小雨の葉の色も、ゆあみしたる美しき女の、眉あおき風情に似ずやとて、――

時  現代。
所  修善寺温泉の裏路。
同、下田街道へ捷径の山中。
人  島津正(四十五六)洋画家。
縫子(二十五)小糸川子爵夫人、もと料理屋「ゆかり」の娘。
辺栗藤次(六十九)門附の人形使。
ねりものの稚児。童男、童女二人。よろず屋の亭主。馬士一人。
ほかに村の人々、十四五人。
候  四月下旬のはじめ、午後。――
[#改ページ]

第一場

場面。一方八重の遅桜、三本ばかり咲満ちたる中に、よろず屋の店見ゆ。鎖したる硝子戸に、綿、紙、反もの類。生椎茸あり。起癈散、清暑水など、いろいろに認む。一枚戸を開きたる土間に、卓子椅子を置く。ビール、サイダアの罎を並べ、菰かぶり一樽、焼酎の瓶見ゆ。この店の傍すぐに田圃。
一方、杉の生垣を長く、下、石垣にして、その根を小流走る。石垣にサフランの花咲き、雑草生ゆ。垣の内、新緑にして柳一本、道を覗きて枝垂る。背景勝手に、紫の木蓮あるもよし。よろず屋の店と、生垣との間、逕をあまして、あとすべて未だ耕さざる水田一面、水草を敷く。紫雲英の花あちこち、菜の花こぼれ咲く。逕をめぐり垣に添いて、次第に奥深き処、孟宗の竹藪と、槻の大樹あり。この蔭より山道をのぼる。
狭き土間、貧しき卓子に向って腰掛けたる人形使――辺栗藤次、鼻の下を横撫をしながら言う。うしろ向のままなり。
人形使 お旦那――お旦那――もう一杯注いで下せえ。
万屋 (店の硝子戸の内より土間に出づ)何もね、旦那に(お)の字には及ばないが、(苦笑して)親仁、先刻から大分明けたではないか。……そう飲んじゃあ稼げまいがなあ。
人形使 へ、へ、もう今日は稼いだ後だよ。お旦那の前だが、これから先は山道を塒へ帰るばかりだでね――ふらりふらりとよ。
万屋 親仁の、そのふらりふらりは、聞くまでもないのだがね、塒にはまだ刻限が早かろうが。――私も今日は、こうして一人で留守番だが、湯治場の橋一つ越したこっちは、この通り、ひっそり閑で、人通りのないくらい、修善寺は大した人出だ。親仁はこれからが稼ぎ時ではないのかい。
人形使 されば、この土地の人たちはじめ、諸国から入込んだ講中がな、媼、媽々、爺、孫、真黒で、とんとはや護摩の煙が渦を巻いているような騒ぎだ。――この、時々ばらばらと来る梅雨模様の雨にもめげねえ群集だでね。相当の稼ぎはあっただが、もうやがて、大師様が奥の院から修禅寺へお下りだ。――遠くの方で、ドーンドーンと、御輿の太鼓の音が聞えては、誰もこちとらに構い手はねえよ。庵を上げた見世物の、じゃ、じゃん、じゃんも、音を潜めただからね――橋をこっちへ、はい、あばよと、……ははは、――晩景から、また一稼ぎ、みっちりと稼げるだが、今日の飲代にさえありつけば、この上の欲はねえ。――罷り違ったにした…

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