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![]() かはくれいじょう |
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作品ID | 48392 |
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著者 | 泉 鏡花 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「泉鏡花集成8」 ちくま文庫、筑摩書房 1996(平成8)年5月23日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2011-08-14 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 69 ページ(500字/頁で計算) |
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[#ページの左右中央]
――心中見た見た、並木の下で
しかも皓歯と前髪で――
[#改ページ]
一
北国金沢は、元禄に北枝、牧童などがあって、俳諧に縁が浅くない。――つい近頃覧たのが、文政三年の春。……春とは云っても、あのあたりは冬籠の雪の中で、可心――という俳人が手づくろいに古屏風の張替をしようとして――(北枝編――卯辰集)――が、屏風の下張りに残っていたのを発見して、……およそ百歳の古をなつかしむままに、と序して、丁寧に書きとった写本がある。
卯辰は、いまも山よりの町の名で、北枝が住んでいた処らしい。
可心の写本によると、奥の細道に、そんな記事は見えないが、
翁にぞ蚊帳つり草を習ひける 北枝
野田山のふもとを翁にともないて、と前がきしたのが見える。北方の逸士は、芭蕉を案内して、その金沢の郊外を歩行いたのである。また……
丸岡にて翁にわかれ侍りし時扇に書いて給はる。
もの書いて扇子へぎ分くる別哉 芭蕉
本人が「給わる」とその集に記したのだから間違いはあるまい。奥の細道では、
もの書て扇子引さくなごり哉
である。引裂くなどという景気は旅費の懐都合もあり、元来、翁の本領ではないらしい……それから、
石山の石より白し秋の霜 芭蕉
那谷寺におけるこの句が、
石山の石より白し秋の風
となっている。そうして、同じ那谷に同行した山中温泉の少年粂之助、新に弟子になって、桃妖と称したのに対しての吟らしい。
湯のわかれ今宵は肌の寒からむ 芭蕉
おなじく桃妖に与えたものである。芭蕉さん……性的に少し怪しい。……
山中や菊は手折らじ湯の匂ひ
この句は、芭蕉がしたためたのを見た、と北枝が記しているから、
山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ
世に知られたのは、後に推敲訂正したものであろう、あるいは猿簑を編む頃か。
その猿簑に、
凧きれて白嶺ヶ嶽を行方かな 桃妖
温泉の美少年の句は――北枝の集だと、
糸切れて凧は白嶺を行方かな
になっている。そのいずれか是なるを知らない。が、白山を白嶺と云う……白嶺ヶ嶽と云わないのは事実である。
これは、ただ、その地方に、由来、俳諧の道にたずさわったものの少くない事を言いたいのに過ぎない。……ところが、思いがけず、前記の可心が、この編に顔を出す事になった。
私は――小山夏吉さん。(以下、「さん」を失礼する。俳人ではない。人となりは後に言おうと思う。)と炬燵に一酌して相対した。
「――昨年、能登の外浦を、奥へ入ろうと歩行きました時、まだほんの入口ですが、羽咋郡の大笹の宿で、――可心という金沢の俳人の(能登路の記)というのを偶然読みました。
寝床の枕頭、袋戸棚にあったのです。色紙短冊などもあるからちと見るように、と宿の亭主が云ったものですから――」
小山夏吉が話したのである。
「……宿へ…