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湯島詣
ゆしまもうで
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成3」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年1月24日
初出「湯島詣」春陽堂、1899(明治32)年11月23日
入力者門田裕志
校正者砂場清隆
公開 / 更新2018-11-04 / 2018-10-24
長さの目安約 133 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


紅茶会  三両二分  通う神  紀の国屋

段階子  手鞠の友  湯帰り  描ける幻

朝参詣  言語道断  下かた  狂犬源兵衛

半札の円輔  犬張子  胸騒  鶯

白木の箱  灰神楽  星


[#改丁]


紅茶会




「紅茶の御馳走だ、君、寄宿舎の中だから何にもない、砂糖は各々適宜に入れることにしよう。さあ、神月。」
 三人の紅茶を一個々々硝子杯に煎じ出した時、柳沢時一郎はそのすっきりと脊の高い、緊った制服の姿を籐の椅子の大きなのに、無造作に落していった。
 渠は腕袋の美しい片肱を椅子の縁に掛けて、悠然とぶら下げながら、
「篠塚、その砂糖をお客様に出して上げろ。」
「おい、」と心安げに答えたのは和尚天窓で、背広を着た柔和な仁体、篠塚某という哲学家。一脚の卓子を囲んで、柳沢と差向いに同じ椅子に掛けていたが、体を捻って、背後へ手を伸すと雑書を納れた本箱の上から、一瓶の角砂糖を取って、これを二人の間に居る一人の美少年の前に置いた。
「取って頂くよ。」と優しく会釈する、これが神月と呼ばれた客で、名を梓という同窓の文学士、いずれも歴々の人物である。
 梓は柳沢が煎じてくれた紅茶の、薄紅色の透取る硝子杯の小さいのを取って前に引いたが、いま一人哲学者と肩を竝べて、手織の綿入に小倉の袴、紬の羽織を脱いだのを、紐長く椅子の背後に、裏を翻して引懸けて、片手を袴に入れて、粛然として読書する薄髯のあるのを見て、
「何を読んでるんです、」と少しく腰を浮かして、差覗いて聞いた。
「僕、」と応じはしたけれども、急に顔を上げたので誰に返事をするのであるか、自分にも分らないで迂路々々するのを柳沢は気軽に引取って、
「若狭が読んでるのは歴史だよ、国史専修の先生だもの、しばらくの間も研究を怠らない。」
「御勉強です、」といって神月が点首くと、和尚は、にやにやと笑いながら、その読んでる書を横目で見た。柳沢は吹出して、
「真面目な挨拶をする奴があるものか、歴史は歴史だが大変なもんです。無名氏著、岩見武勇伝だから可いじゃあないか。」
「酷く研究をしております、」と哲学者は仰いで飲む。これが聞えたものらしい。若狭は読みながら莞爾とした。
「また何ぞの材料にならないとも限らないだろう。」と梓はその硝子杯を手にした。
 柳沢は斜に卓子に凭れて、小刀の柄で紅茶に和した角砂糖を突きながら、
「そりゃある、その材料のあることはちょうど何だ、篠塚が小まさの浄瑠璃の中から哲理を発見するようなもんだ。」
「馬鹿をいえ。」
 梓は傍より、
「しかし君も鳥屋の女の言は、時に詩調を帯びると、そういった事があるよ。」
 底意なき人達は三人一堂に笑った。
「賑かだね、柳沢、」と窓の下の園生から声を懸けたものがある。



 一番窓に近い柳沢は、乱暴に胸を反して振向いたが、硝子越に下…

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