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雪柳
ゆきやなぎ
作品ID48414
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成9」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年6月24日
初出「中央公論 第五十二年第十三號」1937(昭和12)年12月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-10-13 / 2014-09-16
長さの目安約 92 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 小石川白山のあたりに家がある。小山弥作氏、直槙は、筆者と同郷の出で、知人は渠を獅子屋さんと渾名した。誉過ぎたのでもありません、軽く扱ったのでもありません。
 氏神の祭礼に、東京で各町内、侠勇の御神輿を担ぐとおなじように、金沢は、廂を越すほどの幌に、笛太鼓三味線の囃子を入れて、獅子を大練りに練って出ます。その獅子頭に、古来いわれが多い。あの町の獅子が出れば青空も雨となる。一[#挿絵]の風を捲く。その町の獅子は日和を直す。が、まけるものか荒びは激しい、血を見なければ納まらないと、それを矜りとし名誉として、由緒ある宝物になっている。こういうのは、いずれ名ある仏師、木彫の達人の手になつた[#「なつた」はママ]ものであろうと思う。従って、不断この仕事があるわけではないので、亜流の職人が手間取にこしらえる。一種、郷土玩具の手頃な獅子があって、素材づくりはもとより、漆黒で青い瞳、銀の牙、白い毛。朱丹にして、玉の瞳、金の牙、黒い毛。藍青にして、黒い牙、赤い毛。猛き、凄まじき、種々で、ちょいとした棚の置物、床飾り、小児の玩ぶのは勿論の事。父祖代々この職人の家から、直槙は志を立てて、年紀十五六の時上京した。
 彫刻家にして近代の巨匠、千駄木の大師匠と呼ばれた、雲原明流氏の内弟子になり、いわゆるけずり小僧から仕込まれて、門下の逸材として世に知られるようになりました。――獅子屋というのはそうした訳で、人品もよし、腕も冴えた。この人物が、四十を過ぎて、まのあたり、艶異、妖変な事実にぶつかった――ちと安価な広告じみますが、お許しを願って、その、直話をここに、記そうと思う。……
 ついては、さきだって、二つ三つ、お耳に入れておきたい話があります。



 以前、まだ、獅子屋さんの話をきかないうち、筆者は山の手の夜店で、知った方は――笑って、ご存じ……大嫌な犬が、人混の中から、大鰻の化けたような面。……なに馬鹿を言え、犬の面がそんなものに似てたまるかと……御尤でありますが、どうも時々そう見える。――その面が出はしまいかと気にしながら、古本古雑誌の前に踞込んで、おやすく買求めて来ましたのが、半紙綴八十枚ばかりの写本、題して「近世怪談録」という。勿論江戸時代、寛政、明和の頃に、見もし聞きもした不思議な話を筆写したものでありますが、伝写がかさなっているらしく、草行まじりで、丁寧だけれども筆耕が辿々しい。第一、目録が目線であります。下総が下綱だったり、蓮花が蓬の花だったり、鼻が阜になって、腹が榎に見える。らりるれろはほとんど、ろろろろろで、そのまま焼酎火が燃えそうなのが、みな女筆だからおもしろい。
 中に、浅草だの、新吉原だの、女郎だのという字は、優しく柔かにしっとりと、間違いなくかいてある。どうも、このうつしものを手内職にした、その頃の、ごしんぞ、女房、娘。円髷か、島田か、割鹿子。………

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