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作品ID48416
副題――(前題――楊弓)
――(ぜんだい――ようきゅう)
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成8」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年5月23日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2011-06-29 / 2014-09-16
長さの目安約 80 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 はじめ、私はこの一篇を、山媛、また山姫、いずれかにしようと思った。あえて奇を好む次第ではない。また強いて怪談がるつもりでもない。
 けれども、現代――たとい地方とはいっても立派な町から、大川を一つ隔てた、近山ながら――時は晩秋、いやもう冬である。薄いのも、半ば染めたのも散り済まして、松山の松のみ翠深く、丘は霜のように白い、尾花が銀色を輝かして、処々に朱葉の紅の影を映している。高嶺は遥に雪を被いで、連山の波の寂然と静まった中へ、島田髷に、薄か、白菊か、ひらひらと簪をさした振袖の女が丈立ちよくすらりと顕われた、と言うと、読者は直ちに化生のものと想わるるに相違ない。
 ――風俗は移った。
 天衣、瓔珞のおん装でなくても、かかる場面へ、だしぬけの振袖は、狐の花嫁よりも、人界に遠いもののごとく、一層人を驚かす。
 従って――郡多津吉も、これに不意を打たれたのだと、さぞ一驚を吃したであろうと思う。
 しかるに振袖の娘は、山姫どころか、(今は何と云うか確でない)……さ、さ、法界……あの女である。当時は、安来節、おはら節などを唄うと聞く、流しの法界屋の姉さんの仮装したのに過ぎない。――山人の研究を別として、ただ伝説と幻象による微妙なる山姫に対して、濫なる題名を遠慮した所以である。
 それから――暑い時分だから、冷いことも悪くない。――南天燭の紅い実を目に入れた円い白雪は、お定りその南天燭の葉を耳に立てると、仔細なく兎である。雪の日の愛々しい戯れには限らない。あまねく世に知られて、木彫、練もの、おもちゃにまで出来ている。
 玉子形の色の白い……このもの語の土地では鶴子饅頭と云うそうである、ほっとり、くるりと、そのやや細い方を頭に、緋のもみじを一葉挿して、それが紅い鳥冠と見えるであろうか?
 気の迷いにもせよ、確にそう見えた、と多津吉は言うのである。
 ――聞きがきする私のために、偏にこれは御承認を願いたい。

 山の上の墓地にして、まばらな松がおのずから、墓所々々の劃になる。……一個所、小高い丘の下に、蓑で伏せて、蓑の乱れたような、草の蓬に包んだ、塚ともいおう。塔婆、石碑の影もない、墓の根に、ただ丘に添って、一樹の記念の松が、霧を含んで立っている。
 笠形の枝の蔭に、鳥冠が、ちらちらと草がくれに、紅い。……華奢な女の掌にも入りそうな鶏が二羽、……その白い饅頭が、向い合いもせず、前向に揃うともなしに、横に二個、ひったりと翼を並べたように置いてある。水晶に紅をさした鴛鴦の姿にも擬えられよう。……
 墓へ入口の、やや同じたけの松の根に、ちょっと蟠って高いから――腰を掛けても足が伸びるのに、背かがみになった膝に両手を置いて、多津吉は凝と視ていた。
 洋杖は根に倒れて、枝にも掛けず、黒の中折帽は仰向けに転げている。
 ここからでも分るが、その白い饅頭は、草の葉にもたせて、下に、真四角…

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