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氷島
ひょうとう |
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作品ID | 4869 |
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著者 | 萩原 朔太郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「萩原朔太郎全集 第二卷」 筑摩書房 1976(昭和51)年3月25日 「氷島」 第一書房 1934(昭和9)年6月1日 |
初出 | 漂泊者の歌「改造 第十三卷第六號」1931(昭和6)年6月号<br>遊園地《るなぱあく》にて「若草 第七卷第七號」1931(昭和6)年7月号<br>乃木坂倶樂部「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>殺せかし! 殺せかし!「蝋人形 第二卷第十二號」1931(昭和6)年12月号<br>歸郷「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>家庭「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>珈琲店 醉月「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>新年「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>晩秋「都新聞」1931(昭和6)年1月22日<br>品川沖觀艦式「詩・現實 第四册」1931(昭和6)年3月<br>火「ニヒル 創刊號」1930(昭和5)年2月号<br>小出新道「日本詩人 第五卷第六號」1925(大正14)年6月号<br>告別「ニヒル 創刊號」1930(昭和5)年2月号<br>動物園にて「ニヒル 創刊號」1930(昭和5)年2月号<br>中學の校庭「薔薇」1923(大正12)年1月号<br>國定忠治の墓「生理 Ⅰ」1933(昭和8)年6月<br>虎「生理 Ⅰ」1933(昭和8)年6月<br>無用の書物「文藝春秋 第八卷第一號」1930(昭和5)年1月号<br>虚無の鴉「文藝春秋 第五卷第三號」1927(昭和2)年3月号<br>我れの持たざるものは一切なり「文藝春秋 第五卷第三號」1927(昭和2)年3月号<br>監獄裏の林「日本詩人 第六卷第四號」1926(大正15)年4月号<br>昨日にまさる戀しさの「古東多万 第二年第一號」1932(昭和7)年1月号 |
入力者 | kompass |
校正者 | 今井忠夫 |
公開 / 更新 | 2004-01-22 / 2018-12-04 |
長さの目安 | 約 17 ページ(500字/頁で計算) |
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自序
近代の抒情詩、概ね皆感覺に偏重し、イマヂズムに走り、或は理智の意匠的構成に耽つて、詩的情熱の單一な原質的表現を忘れて居る。却つてこの種の詩は、今日の批判で素朴的なものに考へられ、詩の原始形態の部に範疇づけられて居る。しかしながら思ふに、多彩の極致は單色であり、複雜の極致は素朴であり、そしてあらゆる進化した技巧の極致は、無技巧の自然的單一に歸するのである。藝術としての詩が、すべての歴史的發展の最後に於て、究極するところのイデアは、所詮ポエヂイの最も單純なる原質的實體、即ち詩的情熱の素朴純粹なる詠嘆に存するのである。(この意味に於て、著者は日本の和歌や俳句を、近代詩のイデアする未來的形態だと考へて居る。)
かうした理窟はとにかく、この詩集に收めた少數の詩は、すくなくとも著者にとつては、純粹にパッショネートな詠嘆詩であり、詩的情熱の最も純一の興奮だけを、素朴直截に表出した。換言すれば著者は、すべての藝術的意圖と藝術的野心を廢棄し、單に「心のまま」に、自然の感動に任せて書いたのである。したがつて著者は、決して自ら、この詩集の價値を世に問はうと思つて居ない。この詩集の正しい批判は、おそらく藝術品であるよりも、著者の實生活の記録であり、切實に書かれた心の日記であるのだらう。
著者の過去の生活は、北海の極地を漂ひ流れる、侘しい氷山の生活だつた。その氷山の嶋嶋から、幻像のやうなオーロラを見て、著者はあこがれ、惱み、悦び、悲しみ、且つ自ら怒りつつ、空しく潮流のままに漂泊して來た。著者は「永遠の漂泊者」であり、何所に宿るべき家郷も持たない。著者の心の上には、常に極地の侘しい曇天があり、魂を切り裂く氷島の風が鳴り叫んで居る。さうした痛ましい人生と、その實生活の日記とを、著者はすべて此等の詩篇に書いたのである。讀者よろしく、卷尾の小解と參照して讀まれたい。
因に、集中の「郷土望景詩」五篇は、中「監獄裏の林」の一篇を除く外、すべて既刊の集に發表した舊作である。此所にそれを再録したのは、詩のスタイルを同一にし、且つ内容に於ても、本書の詩篇と一脈の通ずる精神があるからである。換言すればこの詩集は、或る意味に於て「郷土望景詩」の續篇であるかも知れない。著者は東京に住んで居ながら、故郷上州の平野の空を、いつも心の上に感じ、烈しく詩情を敍べるのである。それ故にこそ、すべての詩篇は「朗吟」であり、朗吟の情感で歌はれて居る。讀者は聲に出して讀むべきであり、決して默讀すべきではない。これは「歌ふための詩」なのである。
昭和九年二月
著者
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我が心また新しく泣かんとす
冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣
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漂泊者の歌
日は斷崖の上に登り
憂ひは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
續ける鐵路の棚の背後に
一つの寂しき影…