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甘鯛の姿焼き
あまだいのすがたやき
作品ID49952
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人の美食手帖」 グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日
初出「星岡」1934(昭和9)年
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-01-11 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 この料理は、東京に昔からあるものだが、大きいのでちょっと厄介である。金串を打つのにコツがあり、なにも知らずに、ただやたらに何本も串を打ってはいけない。
 最初に金串を扇形になるように打つ。それからあとは何本打とうと、扇の要のところを中心にすれば適当に打ってよい。そうすると、手で持つのに便利であるし、焼けても扱うたびに身がこわれるという憂いはなくなる。実際やっているのをごらんになれば、一目で納得されるだろうと思う。
 甘だいといっても、東京では興津だいといわれるもので、静岡を中心とした近海でとれるのがよいとされている。関西に行くと、北陸からまわってくるもの、若狭から来ているものでぐじといっているが、これは北陸の海に棲息し、北陸の海のものを食っているので、興津だいとは大分違う。興津だいという甘だいとぐじといっている日本海の甘だいとは一見同じものだが、色が若狭ものは淡赤く桃色であり、興津だいと称する甘だいは通常のたいと同じくらい赤色を呈している。ぐじの方は鱗ごと焼いても食えるが、興津だいの方は剥がさねば食えない。
 ぐじは鱗ごと食うところに風情があるのであって、一部の人々に喜ばれている。たまたま東京のある料理屋で、興津だいを鱗ごと焼いて出されたことがあるが、これは猿真似で大きな失敗である。東京のは鱗をはがして食わねばならない。鱗ごと焼くのは初めから間違いである。
 若狭のぐじは、このようにしゃれた食い方になっているので、それを知っておくことも無駄ではなかろう。また興津だいにも種類があり、白皮と称されているのがある。白皮とは普通のように皮が赤くなく、薄桃色とか、白いものをいうのであって、東京の魚河岸に行くと普通のたいの二倍、三倍の値がしている。それだけに非常にうまい魚である。肉が柔らかいので生で食うことはないが、焼いて食う場合は見事なものである。
 九州の白皮という甘だいは、関東には少ないが、九州から五島列島に行くと、そればかりのように多い。塩をして持って来るけれど、非常にまずく、従って値も安い。時によっては、普通の甘だいの値段の五分の一から十分の一ぐらい安い時もある。形も大きいので、小田原ではかまぼこの材料にずいぶん使っている。
 列車で持って来るほど使っているので、現今の小田原のかまぼこは色がついていて、味がくどく、昔の面目を失っている。
 本来高級魚である甘だいが、遠隔のため時間が経ち、その美味をまっとうしないのである。産地で食うと、もちろん美味なものである。
 この魚は、イタリアのナポリで食ったことがあるが、うまい魚のなかった外国で、とても美味に感じた魚である。



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