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梅にうぐいす
うめにうぐいす
作品ID49960
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人の美食手帖」 グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日
初出「独歩」1953(昭和28)年
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-01-17 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある日……なんでもわたしの話はある日である。何月、何日といわねば気に入らぬひとがあったら、なんでもある日で片付けるわたしの話は気に入らぬかもしれぬが、わたしはつまらんことは一切覚えないことにしている。だからある日である。
 ある日のこと、わたしは一人の歌人と話をした。名はいわぬ、というより忘れた。名まで覚えてありがたがるほどの歌人は稀にしかいないものだ。稀にだっていればこんなありがたいことはないが、まあ日本に一人いるか二人いるかくらいなものだろう。
 さて歌人だが女のひとである。長身で化粧をしない顔は、いくぶんやせてはいるが、わたしからなにかを聞き出そうとして一生懸命になっているらしい。
「先生、先生はまず材料だとおっしゃいますが、そのお話はよくわかりました。ではその材料の取り合わせでございますが、そのことについてお伺いしとうございます」
 わたしは、このひとは歌人だから、歌の話に寄せて説明すればいいだろうと考えた。
 そこで、
「あなたは歌を作られるそうだが、どうですか、まあ歌のことから考えてみてください。うぐいすの歌を作ろうと思われたら、いや作りたい時に、うぐいすにはなにを配しますか」
 歌人はつつましく、ハンカチをひねくりまわしつつ、ちらりとわたしを見ていう。
「うぐいすの歌でございますか」
「さよう、あのホーホケと啼くうぐいすのことですよ」
 歌人はつつましく笑う。
 なにがおかしいのかわたしにはわからぬが歌人は笑う。大ていの女のひとというものは、おかしくなくとも、なにかいわねばならぬ時には笑うものだと思っているから、別にわたしが笑われたと思っていないが、この歌人も女の例にもれずホホと笑った。まさかうぐいすの真似ではあるまい。
「あの、うぐいすの歌を作ると申しましても、それはいろいろございますわ、ホホ」
 ここでまた歌人は笑う。女のひとはいくつですかと聞かれると、大ていホホホと笑う。いいお天気ですね、といってもホホホと笑う。そんなに楽しいかというとそうではない。楽しくなくとも笑うものらしい。
 わたしはそこで、
「料理だって、まぐろの刺身と、なんとを取り合わせるといっても、やはりいろいろあるとお返事するより仕方がないでしょう」
「ホホホ」
 ここでもまた歌人は笑う。ホホホといったのだからケキョと啼くかと思えるばかりのあでやかな声である。
 あまり長居されても困るので、こっちから話し出さねばならぬ。
「うぐいすに配するなら、さしずめ梅というところでしょうね」
 女流歌人は、意外という顔つきで、こんどは笑わない。
「先生」
「うん……」
「梅にうぐいすでございますか」
「さよう」
「あの、梅にうぐいすなどは、歌の方で申せば、あまり使い古されておりますんでございますが……いかがなものでございましょう?」
「使い古されているのは、歌のほうの話でしょう。梅は…

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