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![]() じんじょういちよう |
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作品ID | 49983 |
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著者 | 北大路 魯山人 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「魯山人の美食手帖」 グルメ文庫、角川春樹事務所 2008(平成20)年4月18日 |
初出 | 「独歩」1953(昭和28)年 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2010-01-14 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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ある日、友人の紹介で人が来た。客は、わたしをつかまえてさっそく質問を発した。
「先生、料理の根本義についておきかせください」
そこで、わたしは言下に答えた。
「食うために作ることだ」
客は物足りぬ顔をしながらまたきいた。
「食うために作ることですか、先生。そんなら、なんのために食うのですか」
「そりゃ生きるためにだ」
「なんのために生きるのですか」
「死ぬためにだ」
「まるで先生、禅問答のようですね」
わたしは笑いながらいった。
「君がむずかしいことを聞くからだ。料理の根本義について……なんぞいい出すからだよ。もっと、あたりまえの言葉できけばいいではないか。むずかしい言葉を使わぬと、本当のことや、立派なことがきけないと思うているとみえるね」
客はあわてていった。
「いえ、決して……。では、あたりまえの言葉で伺ったら、先生は本当のことを教えてくださいますか」
「うむ、あたりまえの言葉で聞いたら、あたりまえのことをいってやるよ」
客は、ここでもまたあわてていった。
「あたりまえのことなら、伺いたくないのです。先生、本当のことをききたいのです」
「あたりまえのことが、一番本当のことだよ。君は、本当のものを見ないから見まちがうのだ。耳は、本当のことをききたがらない。舌は本当の味を一つも知らないから、ごまかされるのだ。手は、あたりまえのことをしないから、庖丁で怪我をするのだ」
「分ったようで、分りません」
「そうだ、なかなか、あたりまえのことは分りにくいものだ。いや、分ろうとしないのだよ。ハハハ……。いろいろききたければ、わたしが、近々本を出すから、それを読んでくれるといい。それには、あたりまえのことしか書いてないが、多分、君の聞きたいことがみんな書いてあると思うよ」
「そうですか、ぜひ、読ませていただきます」
客は帰りぎわに、なにか書いてくれといった。玄関へかけるのだという。そこでわたしは、さっそく客のいう通りに、色紙をとりあげ、筆をもった。
「玄関へかけるのですから」
客は、念を押して頼んだ。
そこでわたしは「玄関」と書いて渡した。
「先生、玄関と書いてくださったのですか」
「そうだ」
客は、まだなにかいいたそうであったが、なにもいわずに帰って行った。
玄関であっても玄関でないような玄関もある。さっきの客も、入り口だか、便所だか、靴脱ぎだか、物置だか分らぬような玄関を作ったのかもしれない。そうでなかったら、あんなこねまわした質問をするはずがない。さっきの客も、また、その客を訪ねて行く客も、間違わぬようにと思って、わたしは親切に玄関と書いてあげた。
樹木でも、日陰に植えて育つものを、日向に植えたり、砂地を好む木を赤土に植えたりしては可哀そうである。それと同じように、料理も、焼けばいちばんおいしいものを、煮てみたり、刺身にすればいい持ち味のもの…