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冬の情緒
ふゆのじょうちょ
作品ID50216
著者萩原 朔太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆20 冬」 作品社
1984(昭和59)年6月25日
入力者向山きよみ
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-06-16 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 冬といふ季節は、蕭条とした自然の中にをののいてゐる、人間の果敢ない孤独さを思はせる。我々の遠い先祖は、冬の来る前に穴を掘り、熊や狐やの獣と共に、小さくかじかまつて生きたへて居た。そこには食物も餌物もなく、鈍暗とした空の下で、自然は氷にとざされて居た。死と。眠りと。永遠の沈黙と。――
 おそろしい冬に於て、何よりも人々は火を愛した。人間の先祖たちは、自然の脅威にをののきながら、焚火の前に集つて居た。火が赤々と燃えて来る時、人々の身体は暖まり、自然に眠りが催してきた。そのうとうとした、まどろみ心地の夢の中で、だれも皆人々は、母の懐中に抱かれて居た、幼なき時の記憶を思ひ、なつかしい子守唄を思ふのだつた。さうした母の懐中こそは、自然のあらゆる脅威の中から、孤独な幼ない彼等を保護してくれ、冬に於ける焚火のやうに、ぬくぬくと心地よく、彼等を夢心地に暖めてくれるのだつた。
 文明の進歩につれて、人々は自然の脅威を征服して来た。不断の満たされた食事と、立派な暖房装置の家を持ち、外出に自動車を有する近代人は、あの蕭条とした自然の中にをののいている原始の恐怖を、もはや全く意識の表象から忘れてしまつた。アスハルトの道路と、コンクリートの建築と、人工暖房装置の中に住んでる近代の人々にとつて、おそらく冬は季節の最も楽しい享楽期であらう。そこにはクリスマスがあり、夜会があり、観劇があり、打ち続く歓楽のプログラムがある。しかしながら尚、人間は永遠に先祖の記憶を遺伝して居る。すべて原始にあつた如く、今日の人間も尚、冬に於けるあの「先祖の情緒」を記憶して居り、本能の奥深い隅に於て、決して抜くことができないのである。
 それ故に詩人たちは、昔に於ても今に於ても、西洋でも東洋でも、常に同じ一つの主題を有する。同じ一つの「冬」の詩しか作つて居ない。彼等の思想と題材とは、もちろん一人一人に変つて居るが、その詩的情緒の本質に属するものは、普遍の人間性に遺伝されてる、一貫不易のリリツクである。即ちあの蕭条たる自然の中で、たよりなき生の孤独にふるへながら、赤々と燃える焚火の前に、幼時の追懐をまどろみながら、母の懐中を恋するところの情緒である。それはキーツにもあり、シエレーにもあり、ポオやボードレエルの中にさへも、冬の季節に関する限り、必ず抒情詩の本質的な主題になつてる。特に日本の詩人として、与謝蕪村は天才であり、冬の抒情詩に於て、特別にすぐれた多くの俳句を作つて居る。

我れを厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴らす
葱買ひて枯木の中を帰りけり
易水に根深流るる寒さかな
古寺やほうろく棄つる藪の中
月天心貧しき町を通りけり

 此等の俳句に現はれる、抒情味の本質は何だらうか。そこには何かしら、或る物なつかしい、昔々母の懐中でまどろむやうな、或はまた焚火の温暖を恋するやうな、人間情緒の本質に遺伝されてる、冬の物侘しい子守…

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