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人参
にんじん
作品ID50776
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-09-26 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 京師の張廣號は、人參の大問屋で、聞えた老鋪。銀座で一番、と云ふづツしりしたものである。
 一日の事で、十八九の一人の少年、馬に打乘り、荷鞍に着けた皮袋に、銀貨をざく/\と鳴して來て、店頭へ翻然と降り、さて人參を買はうと云ふ。
 馬に銀袋を積んで來たくらゐ、人參の價値は思ふべしである。が、一寸素人には相場が分らぬ。ひそかに心覺に因ると、我朝にても以前から、孝行な娘が苦界に沈んで、浮川竹の流の身と成るのは、大概人參。で、高尾、薄雲、芳野など云ふ絶世の美人の身代金、即ち人參一兩の値は、名高い遊女一人に相當するのであるから、蓋し容易なわけのものではない。
 何と! 處で其の少年は、人參百兩を買はうと云ふ。果せる哉、銀貨を馬に積んで居るから、金慣れた旦那、物に動ぜぬ番頭、生意氣盛の小僧どもまで、ホツと云つて目を驚かして、天から降つて來たやうに、低頭平身して、
「へえ/\、へえ。」
 扨て、芬と薫りの高い抽斗から、高尾、薄雲と云ふ一粒選の處を出して、ずらりと並べて見せると、件の少年鷹揚に視て居たが、
「お店の方。」
「はツ。」
「實は何です。私の主人と言ひますのが、身分柄にも似合はない、せゝツこましい人でしてね。恁うして買つて參ります品物が氣に入らないと、甚いんですぜ、そりや、踏んだり、蹴つたり、ポカ/\でさ。我又不善擇人參可否。此の通り、お銀に間違は無いんですから、何うでせう、一ツ人參を澤山持つて、一所に宿まで來て下さいませんか。主人に選らせりや、いさくさなし、私を助けるんです、何うでせう。」
 一議に及ばず、旦那以爲然が、何分大枚の代物であるから、分別隨一と云ふ手代が、此の使を承る。と旦那も十分念を入れて、途中よく氣をつけて、他人には指もさゝせるな。これだけの人參、一人觸つて一舐めしても大抵な病人は助かる。で、それだけ代物が減る、合點か。
 もう、其處等に如才はござりません、とお手代。こゝで荷鞍へ、銀袋と人參の大包を振分けに、少年がゆたりと乘り、手代は、裾短な羽織の紐をしやんと構へて、空高き長安の大都を行く。
 やがて東華門に至ると、こゝに、一大旅店、築地ホテルと言ふ構へのがある。主人は此處に、と少年の導くまゝに、階子を上つて、其の手代は二階の一室、表通りの見晴と云ふのへ通る。
 他愛なく頭が下つたと云ふのは、中年の一個美髯の紳士、眉におのづから品位のあるのが、寶石を鏤めた藍の頭巾で、悠然と頤の其の髯を扱いて居た。
「お手代、大儀ぢや。」
「はツ、初めましてお目通りを仕ります。へえ、今度はまた格別の御註文仰せつけられまして、難有い仕合せにござります。へえ、へえ、早速これへ持參いたしました人參、一應御覽下さりまするやう、へえ。」
 以前の少年も手傳つて、これから包を解いて、人參を卓子一杯に積上げる。異香室内に滿つ――で、尊さが思遣られる。
 處へ、忽ち、門外、から/…

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