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火の用心の事
ひのようじんのこと
作品ID50779
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-09-29 / 2014-09-16
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 紅葉先生在世のころ、名古屋に金色夜叉夫人といふ、若い奇麗な夫人があつた。申すまでもなく、最大なる愛讀者で、宮さん、貫一でなければ夜も明けない。
 ――鬘ならではと見ゆるまでに結做したる圓髷の漆の如きに、珊瑚の六分玉の後插を點じたれば、更に白襟の冷[#挿絵]、物の類ふべき無く――
 とあれば、鬘ならではと見ゆるまで、圓髷を結なして、六分玉の珊瑚に、冷[#挿絵]なる白襟の好み。
 ――貴族鼠の[#挿絵]高縮緬の五紋なる單衣を曳きて、帶は海松地に裝束切模の色紙散の七絲……淡紅色紋絽の長襦袢――
 とあれば、かくの如く、お出入の松坂屋へあつらへる。金色夜叉中編のお宮は、この姿で、雪見燈籠を小楯に、寒ざきつゝじの茂みに裾を隱して立つのだから――庭に、築山がかりの景色はあるが、燈籠がないからと、故らに据ゑさせて、右の裝ひでスリツパで芝生を踏んで、秋空を高く睫毛に澄して、やがて雪見燈籠の笠の上にくづほれた。
「お前たち、名古屋へ行くなら、紹介をして遣らうよ。」
 今、兜町に山一商會の杉野喜精氏は、先生の舊知で、その時分は名古屋の愛知銀行の――何うも私は餘り銀行にはゆかりがないから、役づきは何といふのか知らないが、追つてこの金色夜叉夫人が電話口でその人を呼だすのを聞くと、「あゝ、もし/\御支配人、……」だから御支配人であつた。――一年先生は名古屋へ遊んで、夫人とは、この杉野氏を通じて、知り合に成んなすつたので。……お前たち。……故柳川春葉と、私とが編輯に携はつて居た、春陽堂の新小説、社會欄の記事として、中京の觀察を書くために、名古屋へ派遣といふのを、主幹だつた宙外さんから承つた時であつた。何しろ、杉野の家で、早午飯に二人で牛肉なべをつゝいて居ると、ふすま越に(お相伴)といふ聲がしたと思ひな。紋着、白えりで盛裝した、艷なのが、茶わんとはしを兩手に持つて、目の覺めるやうに顯れて、すぐに一切れはさんだのが、その人さ。和出來の猪八戒と沙悟淨のやうな、變なのが二人、鯱の城下へ轉げ落ちて、門前へ齋に立つたつて、右の度胸だから然までおびえまいよ。紹介をしよう。……(角はま)にも。」角はまは、名古屋通で胸をそらした杉野氏を可笑しがつて、當時、先生が御支配人を戲れにあざけつた渾名である。御存じの通り(樣)を彼地では(はま)といふ。……
 私は、先生が名古屋あそびの時の、心得の手帳を持つてゐる。餘白が澤山あるからといつて、一册下すつたものだが、用意の深い方だから、他見然るべからざるペイヂには剪刀が入つてゐる。覺の殘つてゐるのに――後で私たちも聞いた唄が記してある。
味は川文、眺め前津の香雪軒よ、
席の廣いは金城館、愉快、おなやの奧座敷、一寸二次會、
河喜樓。
また魚半の中二階。
 近頃は、得月などといふのが評判が高いと聞く、が、今もこの唄の趣はあるのであらう。その何家だか知らないが、御支配人…

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