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熱海の春
あたみのはる
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
初出「俳藪 寅一」俳藪発行所、1902(明治35)年1月19日
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2018-04-13 / 2018-05-05
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 拜啓
 三十日夜、相州酒匂松濤園に一泊、間近に富士を望み松原に寄する夕波の趣佳し。
[4字下げ]年の瀬や鷄の聲波の音
 三十一日、小田原見物、遊女屋軒を並べて賑なり。蒲燒屋を覗き外郎を購ひなどしてぼんやり通る。風采極めて北八に似たり。萬年町といふに名代の藤棚を見、小田原の城を見る。二宮尊徳翁を祭れる報徳神社に詣づ。木の鳥居に階子して輪飾をかくる状など、いたく神寂びたり。
 天利にて、晝食、此の料理屋の角にて小杉天外氏に逢ふ。それより函嶺に赴く途中、電鐵の線路に踏み迷ひ危い橋を渡ることなどあり、午後四時半塔の澤着。
 家のかゝり料理の鹽梅、酒の味、すべて、田紳的にて北八大不平。然れども温泉はいふに及ばず、谿川より吹上げの手水鉢に南天の實と一把の水仙を交へさしたるなど、風情いふべからず。
 又おもひかけず、久保、飯田爾氏に逢ふ。
 こゝに一夜あけの春、女中頭のおぬひ?さん(此の姐さんの名未だ審ならず、大方然うだらうと思ふ。)朱塗金蒔繪三組の杯に飾つきの銚子を添へ、喰摘の膳を目八分に捧げて出で來る。三つうけて屠蘇を祝ふ。
箸をお取り遊ばせといふ喰摘や
 十時出發、同五十五分電鐵にて小田原に歸り、腕車を雇うて熱海に向ふ、此の道山越え七里なり。
 城山を望みて
山燒くや豐公小田原の城を攻む
 此の間に石橋山の古戰場あり。
 山中江の浦にて晝食、古代そつくりの建場ながら、酒の佳なる事驚くばかり、斑鯛?の煮肴、蛤の汁、舌をたゝいて味ふに堪へたり。
山行けばはじめて松を立てし家
 眞鶴の濱、風景殊に佳し、大島まで十三里、ハジマまで三里とぞ。
 伊豆山にて
門松やたをやめ通る山の裾
 五時半、熱海着。
 今朝梅林に金色夜叉の梅を見る、富山唯繼一輩の人物あるのみ。
兀山の日のあたる處遣羽子す(いづれを見ても山家育ちさ)
 紀伊の宮樟分の社に詣づ、境内の樟幾千歳、仰いで襟を正しうす。
あけの春大樟に雲かゝる
 なほ例年に比し寒威きびしき由にて梅なほ蕾なり。
梅はやき夕暮日金おろしかな
 ヒガネと讀む、西風の寒きが當熱海の名物なりとか。三島街道に十國峠あり、今日は風凪ぎ氣候温暖。日に三度雲の如き湯氣を卷いて湧き出づる湯は實に壯觀に御座候。後便萬縷敬具
明治三十五年一月



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