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道中一枚絵 その一
どうちゅういちまいえ そのいち
作品ID50801
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
初出「文芸倶楽部 第十巻第一号」博文館、1904(明治37)年1月1日
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2024-11-04 / 2024-11-03
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「奇妙、喜多八、何と汝のやうなものでも、年に一度ぐらゐは柄に無い智慧を出すから、ものは不思議よ。然し春早々だから、縁起だ、今年は南瓜が當るかな。しかし俺も彌次郎、二ツあつた友白髮、一ツはまんまと汝に功名をされたけれども、あとの一ツは立派に負けねえやうに目覺しく使つて見せる。」と、道中二日三日、彌次は口癖のやうに言つた。
 此の友白髮と言ふのは、元旦、函嶺で手に入れたものであるが、谷を探り、山を獵つて、山嫗の頭から取り得たなどと言ふのではない。
 去年大晦日の晩方、塔の澤に着いて、環翠樓に宿つて、座敷へ通ると、案内をした女と入交つて、受持の姐さんが、火と鐵瓶を持つて來たのに、彌次が眞先に酒を命じて、温泉から上る、直ぐに銚子が、食卓の上へ袴で罷出るといふ寸法。
 彌次、「扨先づ氣つけにありついた。其處で、姐さん、此の樓は酌をしてくれるか何うだ。」女中、「いたしますとも。」彌次、「いや、いたしますは分つたが、酌も對酌、大晦日には響が惡いが、酌もしてくれる、杯も受けてくれるといふのでなければ嬉くねえ、何うだ。何、御念には及ばんと。及ぶ、大に及ぶよ。昨夜は酒匂の松濤園で、古今情ない目に遭つた、聞いてくれ、家の掟とあつてな、唯酒は注ぐ眞似をすると言つても、杯に手を出さぬ。何か其の女の親仁は、酒に取殺されたとでも言ふことだらうよ。又、汝の前だが高い酒を斷つて飮ませたいといふ法はないが、獻した杯を、拂かれては醉へません。其處で今夜ははじめから條約を取極めるだ。ふむ、いくらでも頂く。いや餘り頂くな、酒が減る。酒は減るが、扨、受けるとは嬉しいな、しかし、一ツ受けて直ぐに遁げるか。何、遁げぬ。や、然らば慮外ながら祝儀に及ばう。」
 こゝで當世の折鞄ぐらゐは、大さのある中挾の懷中ものから、ト半紙を引出すことあつて、悠然として美人の膝の邊に押遣る、作戰計畫圖に當つて、女中外して去る事能はず。其晩十二時頃まで酒席に侍つたが、翌日は元日と言ふのに、嘸忙がしくもあつたらう、其の迷惑察すべし――彌次、後密かに喜多に囁いて、「あの、罪造り、厄落をさせて遣つた。」
 其の夜は酒が發奮んだので、彌次呷るほどに、けるほどに、一時過ぎて潛り込んだ蒲團の中で、とろけて消えさうな大生醉。
 喜多八は未だ少いだけ、大晦日は大晦日、元朝は元朝と知つて心を動かすと雖も、彌次は元日を月の七八日ほどにも思はず、初空といふに赤い顏の二日醉。
 ふら/\と湯に入り、漱と欠を一所にして、つるりとした法然天窓に置手拭で座敷に歸り、行儀よく坐つた喜多八と差向ふ。
 喜多、更まつて、「お目出たう。」と挨拶をする、彌次、「嚇しなさんない。」
 廊下を靜に朝風が通して、明放しの障子の外へ、三ツ組の杯臺と、雌蝶雄蝶を美しく飾つた、銚子を兩手に、小女に膳を持たせて、窈窕たる哉中年増。しとやかに手を支へて、「あけましてお目出度うございま…

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