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               くもったあき  | 
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| 作品ID | 51310 | 
|---|---|
| 著者 | 中原 中也 Ⓦ | 
| 文字遣い | 新字旧仮名 | 
| 底本 | 
              「中原中也詩集」 角川文庫、角川書店 1968(昭和43)年12月10日改版  | 
          
| 入力者 | ゆうき | 
| 校正者 | 木浦 | 
| 公開 / 更新 | 2013-04-04 / 2018-12-27 | 
| 長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) | 
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1
或る日君は僕を見て嗤ふだらう、
あんまり蒼い顔してゐるとて、
十一月の風に吹かれてゐる、無花果の葉かなんかのやうだ、
棄てられた犬のやうだとて。
まことにそれはそのやうであり、
犬よりもみじめであるかも知れぬのであり
僕自身時折はそのやうに思つて
僕自身悲しんだことかも知れない
それなのに君はまた思ひ出すだらう
僕のゐない時、僕のもう地上にゐない日に、
あいつあの時あの道のあの箇所で
蒼い顔して、無花果の葉のやうに風に吹かれて、――冷たい午後だつた――
しよんぼりとして、犬のやうに捨てられてゐたと。
2
猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣りの空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇の中で鳴いてゐた。
あのやうにゆつたりと今宵一夜を
鳴いて明さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存してゐるのであらう……
あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……
猫は空地の雑草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐた――
3
君のそのパイプの、
汚れ方だの[#挿絵]げ方だの、
僕はいやほどよく知つてるが、
気味の悪い程鮮明に、僕はそいつを知つてるのだが……
 今宵ランプはポトホト燻り、
 君と僕との影は床に
 或ひは壁にぼんやりと落ち、
 遠い電車の音は聞こえる
君のそのパイプの、
汚れ方だの[#挿絵]げ方だの、
僕は実によく知つてるが、
それが永劫の時間の中では、どういふことになるのかねえ?……
 今宵私の命はかゞり
 君と僕との命はかゞり、
 僕等の命も煙草のやうに
 どんどん燃えてゆくとしきや思へない
まことに印象の鮮明といふこと
我等の記憶、謂はば我々の命の足跡が
あんまりまざまざとしてゐるといふことは
いつたいどういふことなのであらうか
   今宵ランプはポトホト燻り
   君と僕との影は床に
   或ひは壁にぼんやりと落ち、
   遠い電車の音は聞える
どうにも方途がつかない時は
諦めることが男々しいことになる
ところで方途が絶対につかないと
思はれることは、まづ皆無
   そこで命はポトホトかゞり
   君と僕との命はかゞり
   僕等の命も煙草のやうに
   どんどん燃えるとしきや思へない
コホロギガ、ナイテ、ヰマス
シウシン ラッパガ ナツテ、ヰマス
デンシヤハ、マダマダ[#「マダマダ」は底本では「マガマダ」]、ウゴイテ、ヰマス
クサキモ、ネムル、ウシミツドキデス
イイエ、マダデス、ウシミツドキハ
コレカラ、ニジカン、タツテカラデス
ソレデハ、ボーヤハ、マダオキテヰテイイデスカ
イイエ、ボーヤハ、ハヤクネルノデス
ネテカ…