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蓮の花開く音を聴く事
はすのはなひらくおとをきくこと
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「南方熊楠全集第六卷 〔文集Ⅱ〕」 乾元社
1952(昭和27)年4月30日
初出「ドルメン 第四卷第一號」1935(昭和10)年1月
入力者小林繁雄
校正者フクポー
公開 / 更新2017-12-29 / 2017-11-24
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 昭和九年六月の本誌(ドルメン)三〇頁に「又四五十年前三好太郎氏話に、夏の早朝、大阪の城※[#「土へん+皇」、U+582D、1-4]え、屡ば相場師が來て、水に臨んで喫烟し乍ら蓮の花の開くをまち、其音を聽て立去たと、其を聽て何にするかを聞なんだ、子細のある事か、識者の高教をまつ」と書置たが、一向高教は出なんだ。處ろが今(十一)月十五日弘前市の廣田博君より次の通知を受た。
愚生の母方の祖母から、幼時より聽ました事、其祖母は萬延元年の出生、七十歳で昭和四五年頃死亡、出生地は南津輕郡黒石町(津輕家の御分家の居城地)です。
一、蓮の開花の音を聽ば、蓮の臺に上る事が出來る。即ち、死後地嶽へ墮ちず、成佛ができると言傳へられ、又
一、それを聞ば必ず、其人一代の開運は必定であると申し居ました。仍て愚生達も少年時代迄は、此地津輕公の、現に公園と成居る鷹場園の壕や、市内革秀寺池の蓮花の開くを見、且つ聞きに、早朝夜も碌に明ぬ内から出掛て往た者で、目下はどうかよく知ませぬが、愚生の幼時迄は、其を視聽する人達で、濠も池も一抔だつた[#「一抔だつた」はママ]事は、絶對間違ひのない事實で有ました。で有ますから、愚見を述ますと、相場師などには、持てこいのお呪で、縁起をかつぐので無かと推察しますが、死だ老祖母から聽た事は、必ず記臆違ひなく、確信して居ます。下略。
(次便に上原敬二著、風景雜記七四頁にも記載ありとあれども其詳を得ず)。
 是は予に在ては未聞を聞た者で、深く廣田君の厚意を謝し奉る。付ては聊か最寄りの事共を書付て同君等の參考に供えんに
 先づ王文公は、蓮華得二日光一乃開敷といひ、李白は日照二新妝一水底明、葉夢得は曉日初開露未レ晞、申時行は、木[#挿絵]臨二文[#挿絵]一、晨曦出二暘谷一、宛彼※[#「くさかんむり/渠」、U+8556、2-11]花、嫣然媚二初旭一とも妝凝朝日麗とも詠じ、葉受の君子「蓮」傳には、君子不二時見一、毎盛夏、東日方興、振レ衣起立と作つた。かく蓮花と旭日を組合せた句が多いから、其咲く時の音を聽た紀事を搜したが、支那書に一寸見當らぬ([#挿絵]雅一七。廣群芳譜二九と三〇。古今圖書集成、草木典九六)。
 ド・[#挿絵]ールの言に、白蓮花は旭日と倶に開き、日沒と同じく閉づと。古埃及の旭神ネフェル・テムは、毎朝蓮花より出たといひ、印度の日神スリアは紅蓮に坐して、神母はテキ各々蓮花を持て蓮に坐するなど、みな此譯によると見る。(Frind.‘Flowers and Flower Lore' 1884, vol.[#挿絵], p. 350; Budge,‘The God of the Egyptians' 1904, vol.[#挿絵], pp 520, 521; Wilkins,‘Hindu Mythology’, 3rd impression, 1913, p. 33…

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