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秘魯国に漂著せる日本人
ペルーこくにひょうちゃくせるにほんじん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「南方熊楠全集第六卷 〔文集Ⅱ〕」 乾元社
1952(昭和27)年4月30日
初出「人類學雜誌 第貳拾八卷第拾號」1912(大正元)年10月10日
入力者小林繁雄
校正者フクポー
公開 / 更新2017-12-29 / 2017-11-24
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 英譯Ratzel,‘The History of Mankind,’ 1896 vol.[#挿絵], p. 164.に東西兩半球間過去の交通を論じ、「日本と支那より西北亞米利加に漂著せる人あり。又米國の貨品が布哇に漂著せる例あり。然れども南半球に至りては、高緯度に有て風と潮流が西より南米大陸に向ひ、赤道近くに隨ひ、風潮並びに南米より東方に赴き去り、凡て東半球と南米間に人類の彼此往來有りし確證實例なし。たゞ民俗相似の點多きより推して、曾て斯る交通有たるを知るのみ」と述たり。
未開の民が、風と潮流に逆うて弘まり行きし例あるは、第十一板エンサイクロペヂア・ブリタンニカ卷二十二、三四頁に、多島海人古へ航海に長じ、其邊の風と潮流主として東よりすれども、時に西よりする事有るを利用し、印度洋島より發程して、遂に遠く多島海諸島に移住せる由を言へり。Daniel Wilson,‘Prehistoric Man,’ 1862, ch.[#挿絵]& ※[#ローマ数字25小文字、45-10].に、南太平洋に太古今よりも遙かに島數多かりしが、漸々海底に沈みし由を論じ、多島海人が往昔航海術に長ぜる記述に及ぼし、人間が東半球より西半球に弘まりしは、第一多島海より南米に移りて秘魯、中米等の開化を建立し、第二に大西洋を經て西印度、中米、ブラジル等に及ぼし、第三にベーリング海峽及び北太平洋諸島より北米に入りし者の如しと説きたり。
 今東半球の赤道以北よりすら、甞て南米に漂著せる人の絶無ならざるを證する爲に、予の日記の一節を略ぼ原文の儘寫し出す事次の如し。
 明治廿六年七月十一日夕、龍動市クラパム區トレマドク街二十八館主美津田瀧次郎氏を訪ふ。此月六日皇太孫ジョールジ(現在位英皇)の婚儀行列を見ん迚、ビショプスゲイト街、横濱正金銀行支店に往し時相識と成し也。此人武州の産、四十餘歳、壯快なる氣質、足藝を業とし、毎度水晶宮等にて演じ、今は活計豐足すと見ゆ。近日西班牙に赴き興行の後歸朝すべしと云ふ。子二人、實子は既に歸朝、養子のみ留り在り、其人日本料理を調へ饗せらる。主人明治四年十一月本邦出立支那印度等に旅する事數年、歸朝して三年間京濱間に興行し、再び北米を經て歐洲各國より英國に來り、三年前より今の家に住すと云々。旅行中見聞の種々の奇談を聞く。西印度諸島等の事、大抵予が三四年前親く見し所に合り、氏、秘魯國に往しは明治八年十二月にて、六週間計り留りし内奇事有り。平田某次郎と云ふ人、七十餘歳と見え、其甥三十餘と見えたり。此老人字は書けども、本朝の言語多く忘却しぬ。美津田氏一行本邦人十四人有て、毎日話し相手に成し故、後には九分迄本邦の語を能するに及び、此物彼品を日本にて何と言りやなど問たり。兵庫邊の海にて風に遭ひ漂流しつ。卅一人乘たる船中三人死し、他は安全にて秘魯に著せり。甥なる男當時十一歳なりし。…

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