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南の海へ行きます
みなみのうみへいきます |
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作品ID | 53626 |
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著者 | 萩原 朔太郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「萩原朔太郎全集 第三卷」 筑摩書房 1977(昭和52)年5月30日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2011-08-25 / 2018-12-18 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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ながい疾患のいたみも消えさり、
淺間の山の雪も消え、
みんなお客さまたちは都におかへり、
酒はせんすゐにふきあげ、
ちらちら緋鯉もおよぎそめしが、
私はひとりぽつちとなり、
なにか知らねど泣きたくなり、
せんちめんたるの夕ぐれとなり、
しくしくとものをおもへば、
仲よしの友だちうちつれきたり、
卵のごときもの、
菓子のごときもの、
林檎のごときものを捧げてまくらべにもたらせり、
ああ、けれども私はさびしく、
いまはひとりで旅に行く行く、
ながい病氣の巣からはなれて、
つばきの花咲く南の島へと行かねばならぬ、
つばめのやうに快活に、
とんでゆく、とんでゆく。
けふ利根川のほとりに來てみれば、
しだいに春のめぐみを感じ、
雪わり草のふくめるやうに、
つちはうららにもえあがり、
西も東も雪とけながれ、
めんめんとして山峽にながれ、
光り光れる山頂さへ、
ひろごる桑の畑さへ、
さびしい病人の涙をさそふよ、
しみじみとおもへば、
故郷の冬空はれ、寂しくて寂しくてたへざれば、
いまはいつさいのものと別れをつげ、
あしたはれいの背廣を着、
いつもの輕い靴をはき、
まだ見も知らぬ南の海へあそばうよ、
その心もちも快活に、
みなさんたちに別れをつげ、
きさらぎなかばのかしまだち、
小鳥ぴよぴよと空に鳴きつれ。
――二月一日――