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序に代えて
じょにかえて
作品ID54950
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-10-05 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 私たちが料理をとやかく言ったり、美味い不味いを口にしますと、ぜいたくを言っているように聞えて困るのですが、私が言うのはそうじゃないのです。
 料理の考え方ひとつで、仕方ひとつで、物を生かして美味しくいただける工夫、すなわち経済で美味……それです。心なしの業で物を殺してしまっていることが往々にありますが、それをもったいないと言うのです。よいものをわるいものにして食べている事実を見るたびにそう思います。
 よい材料を殺して、つまらないものにしてしまうのは、第一、造物主に対して、済まぬことであり、罰が当るでしょう。自分としても損失であり、恵まれないことでもあります。
 金の使い方の上手下手などの話は、よく人の評に上ることですが、大根一本、魚一尾も道理に変りありません。用い方の上手下手ひとつでたいへんな相違と開きが生じます。これが上手に行きますと、たいへん美味い料理となって、しかも経済でありながら、人をよろこばせますし、無知と不精で下手なことをしますと、価値の少ない、もったいないものになります。これが結果は、前者は有能であり、後者は無能でありましょう。
 料理も真剣になって考えますと、段々頭が精密になってきます。つまり、精密な頭が欠ける場合は、美味い料理ができないということであります。お互いに、どうせ日々三度ずつは食事がつきまとうに決まっているのですから、美味い不味いの区別がよく分り、物を殺さない拵え方ができることは、楽しみのひとつで、人生の幸福ではないかと思います。
 物さえ分ってくれば、同じ費用と手間を投じて、人一倍楽しみができることでもあり、また一面、分るか分らないかは、人の尊敬を受けるか侮りを受けるかの岐路に立つことでもありますから、うかうか等閑に付しておくことはうそでありましょう。
 ○同じ費用と手間で人より美味いものが食べられ、
 ○物を生かす殺すの道理が分り、
 ○材料の精通から偏食を免がれ、鑑賞も深まり、
 ○ものの風情に関心が高まり、
 ○興味ある料理に、生き甲斐ある人生が解る。
 こんな得分がつきまとう料理研究を、おろそかに見ては済まないと思います。その料理研究も食器美術にまで趣味が発達し、鑑賞眼が高くなってきますと、それはとても面白い人生となります。
 こんな考えをもって、思いつくままを失礼抜きで、段々と語らしてもらうことにしましょう。
北大路魯山人



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