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山椒魚
さんしょううお
作品ID54969
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社
1980(昭和55)年4月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-11-06 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ひとつ変ったたべものの話をしよう。
 長い間には、ずいぶんいろいろなものを食ったが、いわゆる悪食の中には、そう美味いものはない。
「変ったたべものの中で美味いものは?」
 と問われるなら、さしずめ山椒魚と答えておこう。
 山椒魚を食うのは、決して悪食ではないが、ご承知のように山椒魚は、保護動物として捕獲を禁止されている上に、どこにもいるというものでないから、滅多に人の口に入らない。その意味から言って、山椒魚は文字通りの珍味であると言えよう。
 でも、私が山椒魚を珍味と言うのは、単に珍しいという点ばかりではない。いくら珍しくとも、美味くなければ珍味とは言えない。世の中には珍しがられていても、美味くないしろものがいくらもある。ところが、山椒魚は珍しくて美味い。それゆえにこそ、名実ともに珍味に価すると言えよう。
 大分前の話になるが、旧明治座前の八新の主人が、山椒魚料理の体験談を聞かせてくれたことがある。その話の中で、
「山椒魚を殺すには、すりこぎで頭部に一撃を食らわせるんですが、断末魔に、キューと悲鳴をあげる。あの声は、なんとも言えない薄気味悪いもんですな」
 と、心から気味悪そうに語った。
 中国の『蜀志』という本には、
「山椒魚は木に縛りつけ、棒で叩いて料理する」
 と出ているということであるが、山椒魚の料理法など知っているものは、そういないだろう。私も初めて山椒魚を料理するときには、この話を思い出し、その伝でやってみた。
 震災前のことだから、大分古い話になるが、水産講習所の所長をしておられた伊谷二郎という人が、山椒魚を三匹手に入れたというので、そのうちの一匹を私に贈ってくれたことがあった。二尺ぐらいのものであったろうか、大体がグロテスクな恰好をしているし、肌もちょっと見は、いかにも気持の悪いものであるが、俎の上に載せてみると、それほど気味悪くは感じない。ガマのような嫌な気はしない。
 八新の主人公の伝で、頭にカンと一撃を食らわすと、簡単にまいって、腹を裂いたとたんに、山椒の匂いがプーンとした。腹の内部は、思いがけなくきれいなものであった。肉も非常に美しい。さすが深山の清水の中に育ったものだという気がした。そればかりでなく、腹を裂き、肉を切るに従って、芬々たる山椒の芳香が、厨房からまたたく間に家中にひろがり、家全体が山椒の芳香につつまれてしまった。おそらく山椒魚の名はこんなところからつけられたのだろう。
 それから、皮、肉をブツ切りにして、すっぽんを煮るときのように煮てはみたが、なかなかどうして、簡単に煮えない。煮えないどころか、一旦はコチコチに固くなる。それから長いこと煮たが、一向やわらかくならない。二、三時間煮たが、なお固い。
 ともかく、長いこと煮て、ようやく歯が立つようになったので、ひと口食ってみたら、味はすっぽんを品よくしたような味で、非常に美…

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