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料理する心
りょうりするこころ |
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作品ID | 54987 |
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著者 | 北大路 魯山人 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「魯山人味道」 中公文庫、中央公論社 1980(昭和55)年4月10日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2013-08-10 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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料理と食器の話などいう、こんな平凡な事柄は、今さら私がおしゃべりしませんでも、みなさんは毎日のことでありますから、疾うにこれに関心をお持ちになり、研究もお出来になっておりますことと思いますが、この平凡事も、興味を持って向かってみますと、際限なく面白いものでありまして、私どもは毎日のようにこれを楽しみ、これをよろこびまして、時には踊り上らんばかりに、食事を摂ることも珍しいことではないのです。その代り、また、下手なことになりますと、せっかくの食事を前にしながら、ちょっとした気儘で箸もとらないというようなことも、間々あるのです。まあ一利一害というのでありましょう。
さて、今日ここでお話ししますことは、料理と食器というのですから、愚かながら、私の四、五十年の経験から得ましたところの所感、すなわち、料理というものは、大体こんなものではないのかと思います点を、かいつまんで簡単に概念的に申し上げ、ご参考に供したいと思っております。要するに、私の今日のお話は、料理一々の拵え方を言いますのではなく、総大観を申したいのであります。いつ、誰が、どんな料理をするにしましても、こんなことだけは心得ておいた方が、心得なしでいるよりは、はるかに増しではないかという事柄であります。
そこで、まあ私の考えを申しますと、料理にも、料理の要訣と申しますか、奥義と申しますか、そう言ってもよいと思うものがあるのであります。ところで、それとて特別なものがあるのではありません。ほかのなにごととも共通するものであります。およそ物を成功させようという要諦は、いずれにしましても、道はひとつであると言えるようです。
その第一は人間の真心です。これなども口で言っている分にはなんでもないことのようでありますが、実際には、なにを措いても、この真心というものがなくてはなりません。料理の上にも一番大切な条件となります。
次は聡明の必要であります。まあこれも言いますれば、変な言い方かも知れませんが、賢くなくてはいけないということであります。頭が悪いとあっては、どうしようもありません。
その次は熱意と努力でありましょう。よい料理が生まれ出ますまでには、人の知らない苦心と努力がつきものとなっております。しかも、行動が敏活で、時間に間に合う働きがなくては、せっかくの努力も残念なことに了らないともかぎりません。苦心のご馳走は、ようやく出来たが、お客さんはもう帰られたというようではいけません。まあこれらは、料理常識としまして、ぜひとも身につけていたいものであります。しかし、これも好きでするのですと、頭も働き、からだもおのずと動き、よい知恵も出まして、自然と料理に必要な条件も具わるものであります。
それでぜいたく言いますと、元々好きでするのでなくては、料理というもの所詮うまくいかないものであるとも言えます。
さて、以上…