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高橋箒庵氏の書道観
たかはしそうあんしのしょどうかん
作品ID55060
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人書論」 中公文庫、中央公論新社
1996(平成8)年9月18日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2019-08-28 / 2019-07-30
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私はかつて『星岡』誌上に高橋箒庵氏の千慮の一失ともいうべき、音羽護国寺境内における名燈籠写し物に属する碑文を見て、その撰もその書も実は高橋義雄氏のものに非ざるを不可として、どうしてそんな偽り事をやられるものかを高橋氏に質すところあった。ところが高橋氏はこれを一大過誤とし、直ちに碑文を自書自撰の上、改造すると誓われた。
 私は当時、その速かなる箒庵氏の改悟を見て、意外にも美しき態度とした。そうして数カ月を経た今日、左記の一書を私に寄せられた。

秋冷相催候処ますます御清祥奉賀上候。さて先般御注意被下候護国寺境内石燈燈碑文此の程やうやく改彫を終り候間御序の節御高覧奉希上候。先は右御報まで如此に御座候
頓首
九月十八日
箒庵
北大路老台
侍曹

 氏の約束は、いわゆる世の鰻香に終る事なくして遂に実現された事は、氏の将来のために幸福であり、すこぶる欣快な思いをした。氏も定めし一安心せられて安楽な思いをされたであろう。
 しかしながら、この碑の改造は、全く私の物議により問題となり、改造とまで進んだ事であるから、これが改造に当っては如才のないところ私まで一応の御相談があってしかるべきであった。
 今改造された碑を見るに、前に某書家によって書かれたものは、新しく石工に削り取られ、石面は前の石面より約二分余りも磨り下されて一段低くなって見えた。
 その上に改刻されたのがこんどの碑面である。観れば小生のとがめだてを容れられて、別項の様に漢文を和文体とせられ、何人にも読み得られる便宜を計られた。時代錯誤であり、茶道慣例に非ざる漢文を廃せられた事は、まず一進歩と見てよかろう。
 ところが終りに臨んでは前例となんら変わるところなく、やはり「高橋義雄撰并書」と漢文体で題された。これは惜しいことであった。元来こういう場合は高橋義雄と簡単に書いて置くのがほんとうのことで、撰并書とは、余計な文字であった。小生が御相談あってしかるべきであったといったのは、こういうこともその一つであった。
 次に上の年月日がもとの建設当時になっていることは改作を説明していない。これもなんとか工夫があるべきであった。
 とがめだてされて改刻されたことは、しばらく別としても、旧の漢文体を不便として、昭和七年九月に和文体に改造したと説明してなんの不都合もないのではないか。そこでもう一遍問題にしたいのは碑文の書である。前の漢文体が某書家の手になったものを高橋氏が自分の書なりとして、公表されたために物議の種となり、今回の改作を見たのであることはいうまでもない。しかるに今回の書も高橋氏の果して書なるや否やはすこぶる疑問とせざるを得ないのである。
 またまたこんども他人の書なりとは固よりあり得べからざることではあるが、大体においてこんどの書は、阪正臣系か、あるいは鵞堂系の書風である。一見、書家の書体であり、版下書きの書体…

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