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「明の古染付」観
「みんのこそめつけ」かん
著者北大路 魯山人
文字遣い新字旧仮名
底本 「魯山人陶説」 中公文庫、中央公論社
1992(平成4)年5月10日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2019-07-14 / 2019-06-28
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 染付は今から五百年ばかり前の支那明代に完成したものである。それ迄にはこんなスキツとした美しい焼物は実に見たくも見られなかつたと言ふべきだ。これには恐らく間違ひはないといつてよい。
 然らばそれまでにどんな焼物が生れてゐたかと言ふに、先づ漢窯から唐三彩、それから宋になつては青磁だとか赤絵だとか、又は中には鉅鹿といふ頗るつきの名陶器もあつたのであるが、此等は何れも概してその作意が重く、釉類釉法も亦決して無審判ではなかつたが、然し新生の染付のやうに腹の底をわつて見せたといふ処へは、まだなかなか行く事が出来なかつた。
 染付が初めて完成してその顔を見せた時、当時の支那の人はこれをどんなに驚き且つ喜んで迎へたであらう。それ迄とて何れはどこかの一部でこれが完成の為の研究がしつかりと積まれて行つてゐたであらうが、その出来上つての効果が、まさかこんなに立派であらうとは夢想だもしなかつたに違ひない。
 今迄に夢想だもしなかつた染付のあかるくてさつぱりとした美しさ、然もそれは高火度の磁質のもので、その光沢、その釉色、とても今迄の焼物には求められなかつた処のもの――といふ以外に、好むがままの形、すきなやうな模様が、殆どいくらでも無限的に、至つて気やすく作られる染付――実際人によつては感激、興奮、殆どその度を知らなかつたであらう。
 そしてその驚喜と讃嘆とは独り支那だけに止らなかつた。忽として海外へ、国外への輸出となつた。勿論その東隣のわが日本へも好まれ、無数に送つてよこされた。それには明の帝室を始め時の人の上下が挙つて出来るだけ勢ひをつけた。
 染付を見る事によつて時の人の心持は一段にあかるく朗かだつた。それは丁度夜から引出された昼の、忽然たる相そのものではなかつたか。乃至は明けても暮れてもただ鬱然たる山をだけしか見る事の出来なかつた人の前に、図らずも開けた青海原のそれであつたかもわからなかつた。
 かくして明に起つた染付は、明でそれ自体を完成させた。まことに染付の生命は明一代を限つたのである。明の一代三百年の間に生れた染付は、その後のいかなる染付のそれよりもあらゆる点に於て一番立派で芸術的であつた。清朝になつてからも盛んにこれの復興が企図され実行された。康煕年代、乾隆年代、何れも一生懸命なものが作つて出された。がそれは畢竟するに、他のすべての芸術が左様であるやうに、因襲にとらはれて、技巧内だけのせま苦しい発展、即ちただ技巧に技巧を重ねた処の、無精神的の形式化を示したに止つた。そしてこの結果は芸術的に浅薄な外人、といふよりはむしろ理智的な白人の喜びを購ふに過ぎなかつた。
 わが国に於てもこれが[#挿絵]造は幾度か企てられた。九州の有田の如き、伊万里の如き、加賀の九谷の如き、乃至京窯の如き、その後を追ひながら、要するに国民性の相違と、原料難と、年代の相違とから、遂にその右に出る事…

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