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愛陶語録
あいとうごろく
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人陶説」 中公文庫、中央公論社
1992(平成4)年5月10日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2020-03-23 / 2020-02-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

作陶への情熱

 なにしろ根がずぶの素人の陶作家、固より何の教養もあろうはずもなく、はじめは随分気のひけたものである。今でこそ、素人なればこその見識をそのまま仕事に打ち込むことができるのだ、などと言えるようになった。
 それもそのはずである。最初のアマチュア時代が四十代で、それから三十年も経っている。遅れ過ぎて競走するのは全くいやになってしまう。
 正直なところ、年甲斐もないのが先ずきまりが悪い。かと言って、他にこれという能もないのが因果、恥を忍びつつやっているまでだが、決して心中大きな顔はしていないつもりである。だが、なんとしたことか、持って生まれた美食道楽がおのずと限りなき欲望を生み、美しく楽しめる食器を要求する。即ち、料理の着物を、料理の風情を美しくあれと祈る。美人に良い衣裳を着せてみたい心と変りはない。この料理の美衣をもって風情を添えることは、他人はどうあろうと、私にはかけがえのない楽しみである。
       *
 良き物を手に入れんとする骨董買い上手の五則。
一 まず第一旦那買いすべき事
二 みだりに値切らざる事
三 一旦買い取りたる上は返品せざる事
四 心に欲すると欲しないは別とし、品物の難くせ言うは悪し
五 儲かるとてみだりに売るべからず
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 途方もない考えがなくては、途方もない結果はない。
       *
 芸術家には芸術と不即不離の実生活があるはずである。むしろ、芸術そのものが実生活である。また、その実生活そのものが芸術である。作品はこれが表現されたものに過ぎない。
       *
 素人で茶碗をこしらえてみたいと軽々しく希望する人がある。これは恐らくその人が平生どんな茶碗を観ても、その茶碗の作家の精神までは観ていないということになる。茶碗に限らず、作品はすべてその人の全人格を正直に表現しているものである。だから、その人が自己の醜は醜として人眼にふれても仕方がないという芸術家魂を持った人でない限りは自己の趣味、自己の精神は茶碗に溶け込んでくるものではない。
       *
 まあ、なんと言っても自然に親しむことが第一だね。どんな芸術にしてもそうだがどこまでその人が自然を愛しているか、自然を掴んでいるかということが素材をなして行くのだから、写生がまず第一番に大切だね。写生によって自然に対する細心な注意を養って行き、また心に印象を刻んで行くのだ。そうしているうちに省略法を覚えて来て筆を支配する力が出来てくる。実際にはここにもう一つの枝があるけれど、ない方が美しいから取って了うとか、群像を一筆で表現して了うとか、つまり、実物を離れて心術で描くようになって来るんだね。一口にこういうと、容易なことのようだが、なかなかちょっとやそっとの努力ではそこまで行けないのだ。言わば写実劇が歌舞伎劇になって行くようなものだ。舞台の上でバタバ…

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