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古器観道楽
こきかんどうらく
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人陶説」 中公文庫、中央公論新社
1992(平成4)年5月10日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2019-10-08 / 2019-10-02
長さの目安約 81 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

宋赤絵壺

在銘
高サ  七寸六分
胴廻  五寸七分
口径  二寸九分

 この壺の銘には「太平十年五月十六日造」とある。「太平」は遼の年号で、その十年は宋の仁宗の天聖八年(西暦一〇三〇)にあたり、天下が宋の太祖によって半ば統一されてまだ間もないころで、しかも、宋の文物が漸く盛大を告げようとした矢先だった。
 ところで一説には朱銘の宋赤絵のものには偽作が多いともいう以上、これもあるいは相当問題にしていいことであると一応は疑っても見たが、なにぶんにも眼前にこの作品を置いては、決して左様な懸念をさしはさむ余地が見出せないのである。
 由来作品の真贋は、その内外両容を直覚して、一種のうぶさと一脈の創成力といったようなもののあるかないかを見て、大体これを判断し、しかる後、それぞれの条件をならべて、初めてその決着がつけられるようであるが、この場合一番大切なのは、言うまでもなくその直覚力がどこまで霊的に働くかということである。固より危い吾人の直感力である。敢えて大方の信を博するに足りぬかも知れぬが、もし許されて判定をつけるということになれば、これは宋の赤絵としては、一種の上手なる製作であるとせざるを得ないのである。
 仮りにこれが第二次的の作品であったとすれば、そこにはもっと巧智の露頭がなんらかの形で現わされてよいと思う。
 ところが、この作品に於て見られる軽率でない華やかさは、大時代的な一種の文化意識の結晶として、あくまでもその時代を感覚し切ってこそおれ、いやな怪しげなところは更にないと看取されるのである。
 中国の陶磁も宋に至っては、洗練を欠いた泥臭さといったようなものが全体的に取除かれ、一躍水際立った調子を獲得するに至っている。
 言うまでもなく、これは純然たる陶器であって、焼かれた火度もおのずから低く、質もまたそれだけに軟らかい。そして永らく土中にあった関係からか、壺の地肌に施した釉薬など、表面は大部分粉吹いた風化現象を呈し、そこへ処々土の喰い入りも認められる。
 模様は所謂上絵付けである。赤、黄、青、紺と、その四色の色相が渾和して、上代的内容を持っているのも嬉しいが、模様の形式が、次第に模様の独立を前提として、所謂「割出し」への発足をなしているのも、陶磁の模様の発達を順序づける資料として、注意して見てよいであろう。
 更にこの壺を蓋したまま、つまみを中心として鳥瞰した場合、一点の円が(実に左様言いたい)、段組みの形を取って、蓋の面肩の廻りに次々に大きくひろがって行っているのである。殊にその円の段組みをなしたひろがりの中に、処々渦巻文をはさんで、模様に一種の感情を強調しているあたり、宋時代のこだわりのない文化意識が実によく出ていると思われるのである。
 それに壺そのものの全体の形も締まりすぎでなく、またボテ過ぎでなく、ちょうどその中を得ていて、しかも腰から下の自…

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