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古染付の絵付及び模様
こそめつけのえつけおよびもよう
著者北大路 魯山人
文字遣い新字旧仮名
底本 「魯山人陶説」 中公文庫、中央公論社
1992(平成4)年5月10日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2019-07-14 / 2019-06-28
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 明の古染付に対する大体の観察は上巻に於てこれを述べた。ここでは特にその絵付及び模様に就てすこしばかり考へて見度いと志した。
 言ふ迄もなく明の古染付なるものは、その時代の文化を最も能く具体的に反映させてゐるものであつて、そこにこれが発生の必然性も共に十分認められるのである。
 殊にこれは元時代の興隆期を承けて、この明時代につながる南画の命脈的発展と照合させる事によつて何よりもそれがはつきりすると思はれる。
 南画と古染付とはその根本の性情に於て一致するものがある。即ち他の写実画、他の純模様的陶磁に比べて、より写実的に、意志の力が働きかけてゐる、又より主智的に智慧の力が作用してゐる。唐宋の時代に見られた芸術的に豊富な抒情的要素といふ様なものが、この明の時代になるとグツと意識的に転向されて来て、すべてが力争的な状態に置かれて、作品そのものを刺戟しやうとした。
 南画は明代に及んで、次第に形式化されはしたが、然しその一方に於ては、その画的表現を通じて、眼に見える以上の、それに関する消息を、出来るだけその作品の中にぶち込んで見せやうとした。
 然し、かうした南画それ自体の刺戟的な傾向は、今日から見れば必ずしも大局的には成功を収めたものとは思はれないのみならず、或る部局の如きは、却つてその形式化を加速度に増長せしめて、真の南画精神を殺してしまひさへした。
 とは言ふもののその時代文化の表現的傾向は、このいはゆる古染付に関する限り、実にうるはしい成功を特に「透明なる朗かさ」にまで遂げる事が出来た。
 その歴朝の天子はこれが制作を極度に奨励せられた。又それを助ける四囲の条件もその時代ほど具合よくととのへられた事はなかつたやうだ。材料的にも、工作的にも用途的にも、何一つこれが発達を妨げはしなかつた。
 そこで古染付の絵付及び模様を考へるのに、これには凡そ左の三通りがあるかの様である。
素描形式を発展させたもの
図案形式を意図したもの
成画の直写を念としたもの
 もつともこれは(単に染付と言ふ工芸品にのみでは無いが)その全体を通じて、体系的に見た処の別け方であつて、絵付及び模様そのものを材料的に見ると、嘉靖前後のいはゆる祥瑞風なるもの、すべての構成要素、それから字くづし模様、唐草模様、隆慶の動物画、草花画、万暦の花鳥、山水、道釈人物画といつたやうになるのであらうが、勿論この区分は正確には容易に判定せられない。
 元来この古染付ほど、その絵付及び模様に於て無制限に趣きのちがつて居るのは無い。作品がただちに数量的に多いとか、又はその器形が意匠的に多種を極めてゐるとかの事でなしに、この古染付へのみは、その時代のあらゆる工人が、自動的にも亦他動的にも、思ひ切つて端的にその表現欲をくすぐる様にして行つたが為に、おのづから左様になつたのであらう。
 その多くの絵付及び模様の中で、古染付…

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