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魯山人家蔵百選 序
ろさんじんかぞうひゃくせん じょ
作品ID55116
著者北大路 魯山人
文字遣い新字旧仮名
底本 「魯山人陶説」 中公文庫、中央公論新社
1992(平成4)年5月10日
入力者門田裕志
校正者木下聡
公開 / 更新2020-05-14 / 2020-04-28
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 私が鎌倉の山崎に窯を築き、製陶の事に懸命に係り出してからといふものは、勢の赴くところとでも云はうか、参考品としての古陶磁の蒐集が余儀なく一箇の大事になつた。
 これは私が製陶上の狙ひを、一に古陶磁の本領に向つて定めて行つたといふ事が、事を左様にはげしくした。そして今日に於ては所集の陶品、数千点を数へやうとしてゐるのである。
 私が此参考品を集めるに当つての標準は、凡そ三百年以前の物と云ふ事を理想とし少しでも参考になりさうなものであれば、完器と不完器とを問はず、又損傷の有無を論ぜず、中華、朝鮮、日本その他に亘り、浅くとも殆どその一通りは手を届かせたつもりである。
 かくて見つつ作り、作りつつ見てゐる間に、いつとはなしにそこに何やら手ごたへを感ずるものがないではない、と云ふよりも寧ろ教はる処が真に尠くなかつた。
 そこで私は之が喜悦と亢奮とを押さへ得ないで、遂に此集を発刊する事によつて、おのづからその道に在る者の責任の一つを果たす事になるかの様に考へたのである。そして同時に、私が是等の品から、乃至は是等の品を通じて、その作者に教はつた心と形とをそのままここに移し、蛇足であると承知しつつも、聊かその説明に換へようとしたのである。
 由来陶磁に対する鑑賞の分解とか、諒解の剖析とかは、古来から一般的に著明な存在、即ち世に有名なる名品に向つてしてこそ、一番わかりがよい筈であらうとは思ふが、これは一つ一つその器がその所蔵者を異にしてゐる関係と、已に名品とか又は絶品とかの称誉をほしいままにしてゐるものであり、かつまた、これを見て廻る事の難儀は兎も角、それらのものに対し、余り勝手な事も云へなければ、又第一にその収影を原色版で刻明にやつて行かうとするやうな場合、事実上それらを幾度も借覧するといふ事は出来難い。そこで已むを得ず、僭上らしいが、殊更に家蔵品を以てこれが対象とせざるを得ない様な訳になつたのである。
 それにこれが品目の選定をするにしても、亦解説をするに当つても、私の取つた態度には、前言した趣旨以外に何ものもない。唯鑑賞上の幾分かの参考になる事が願はれればそれでよいとするのである。
(昭和七年 原文のまま)



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