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トリスタン・コルビエールを紹介す
トリスタン・コルビエールをしょうかいす
作品ID55739
著者中原 中也
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」 角川書店
2003(平成15)年11月25日
入力者村松洋一
校正者noriko saito
公開 / 更新2015-09-27 / 2015-05-25
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 トリスタン・コルビエールが、甞て我が国に於いて紹介されたことがあつたかどうか、私は知らない。コルビエールは、ヴ※[#小書き片仮名ヱ、125-3]ルレーヌの有名な批評集、『生得の詩人達(Po[#挿絵]tes maudits)』(五人の詩人が挙げられてゐる)にも出てゐて、仏蘭西では知れ渡つた詩人である。その『生得の詩人達』中の、コルビエールの篇は、四五年前、雑誌『社会及国家』に、私が訳載したのだが、文壇とは余り縁のない雑誌ゆゑ、大方は御存知ないことと思ふ。


 トリスタン・コルビエールは、千八百四十五年、七月十九日、午前八時、モルレーに於て汽船会社の社長の息子として生れ、千八百七十五年、三月一日午後十時同所で死んでゐるから三十年に足らぬ生涯であつた。
 コルビエールの全集が出てゐるかゐないか、私はまだ見たことがない。散文も少々あるやうだが、詩集アムール・ジョーヌは彼の主著である。
 以下該詩集に関するルネ・マルチノオ氏の論文の概要を記さうと思ふ。

 トリスタンの此の書は、彼の一生の物語である。此の書中の諸詩篇を、年代順に配列し直して読むならば、詩毎に、彼が駆廻つた短い道程、彼の旅行、彼の恋、彼の悲しい肉体を、熾な芸術家の申し分ない歎賞を以て、繰返す思ひがするのである。
 彼の苦い経験の全て、やさしい告白の全ては、アムール・ジョーヌの中にある。
 彼の生涯は、素描にしか過ぎなかつたし、彼は喜んで素描の外観を作品に賦与してゐる。尤も此の外観は真の詩からなつてをり、彼はそれを、全ての本物の芸術家の如く、天才の一撃で以てその暗い色と蒼白い色とを強調することに依つて獲得してゐる。そしてその暗い色と蒼白い色との衝突が、彼の詩の魅力と異様性とをなす所のものである。
 人々は長い間トリスタン・コルビエールは美的感情を欠いてをり、芸術に無智であると思つて来た。
 彼は自嘲の習慣を持つてゐたので、自分の作品への偽つた解釈をちよいちよいやつてゐる。或る時彼は書いてゐる

芸術は私を知らないし、私の方でも芸術を見知つてをらぬ

 又、或る時には、

彼はもう一寸で芸術家だつた
彼はもう少しのことで詩人であつた
その人間的な足跡のほかに……

 それに彼は修辞的な法則を無視してゐるので、人々は彼の自嘲をそのまゝ信じた。
 それを割引きして聞くべきだとジュル・ラフォルグは思つてゐたのだが、世間が漸く彼を認め出した時に当つて恐るべき一撃をコルビエールに加へたのであつた。曰く、
『詩もなければ韻文もない、辛うじて文学が……』ラフォルグはコルビエールの作品を愛してゐたが、部分的にしか了解してはゐなかつた。雑誌リュテースを編輯してゐたレオ・トレズニカは、アムール・ジョーヌと『歎き』(ラフォルグの詩集)の作者との明らかな類縁に驚いて、コルビエールに肩を持ちながら両者を比較してラフォルグを荒だて…

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