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青年青木三造
せいねんあおきさんぞう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」 角川書店
2003(平成15)年11月25日
入力者村松洋一
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-05-19 / 2018-04-26
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 三造の心事
――三造の友人達に。

 三造は、この世に自分くらゐ切ないがまた、呑気といへば呑気な男はないと思つてゐた。事実彼は呑気であつた。
 或時三造の一寸知つた男が彼に言つた。「無念さうな顔をしてかァ」。実際さういはれてみれば自分は無念さうな顔をしてゐたもんだと三造は思つた。「でも、自分の心の中は、無念さうなのではないのだがなあ。しかし……」。三造はドギマギした。それからまた放心したやうな眼をした。だが何か、言ふべきことがあるやうな気がした。尠くとも考ふべきことがあると思つた。しかし、それは、吁、何時ものやうにまた、結論には到達せずに終るであらう――といふことが一種の幻想のやうに彼の眼前を掠めた。
 しかし、彼は、かなしかつた……かなしかつた。そして、かなしいといふことは、語る権利があるといふことのやうに吾人にはともかく思はれる。
 それでは、彼には何が語りたかつたのであらう? 何が語りたかつたのであらうか? 蓋し、語る言葉はなかつたかもしれぬ、歌ふべきことがあつたかもしれぬが、それは今の事ではない。即興詩の、聴手は喜ぶものであれど、歌ふ身になつてみれば心許ないわざであらう。

 彼は、押し黙る。押し黙つた顔といふものは、人の前で、つづくものではない。それはやがて花のやうに萎む。「無念さうな顔をしてかァ」とまたしても人はいふであらう所の顔は現出するのである。「無念さうな顔をしてかァ」といつた男は、自分の言つたことは正しかつたのであつたと思つてしまふ。そして、此処で此の世の、世間の評価、通価といふものは定まるのである。而して、かの、別に能もないけれど世渡りは上手といふ手合は、この通価といふものを素直に受容れ、それを材料として献立してゆくのである。まことにまことしやかな世間といふものが、自信を以て時に軽剽の罪を犯すのであつてみれば、それは、そのわけは此処にあるのである。

 けれども、通価といふものが此処で定つたとしても、通価といふものが物の全てではないといふことを、世間はまた全くよく知つてもゐるのである。しかしそれを知つてゐるのは無意識的にであるから、世間はそれをどうすることも出来ぬ。どうすることも出来ないのだから、全く知らないのとおんなしことになるのである。
 個人の仕事が始るのは此処からであらう。世間が知らないことを、世間の構成分子たる何れかの人間は、知り、知つたことを弘めようとする。今、三造は、世間の知らないことを感じてゐる。それを語り出でるためには時間と意志とが必要である。然るに彼の意志は強いとばかりはいへない方だし、それに三造の身辺には絶えず三造を世間並のものにしようとする誘惑物がないとはいへぬので、三造と世間との調停役を、いつてみれば作者は買つて出ようとしてゐるのである。勿論、三造が世間並になるとしても、嘆くがものは誰にもないのであるが、世…

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