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花子
はなこ
作品ID58363
著者岡本 かの子
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本かの子全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年1月24日
「岡本かの子全集 補卷」 冬樹社
1977(昭和52)年11月30日
初出「週刊朝日」1924(大正13)年9月28日
入力者門田裕志
校正者持田和踏
公開 / 更新2022-08-28 / 2022-07-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 花子には二人の男と二人の女の兄弟があります。花子はそのまんなかに生れました。五つの部屋の真中に花子は眠ります。
 晴れ晴れとした春の野辺。ひばりが空高く啼きお陽さまの裳裾がゆらゆらとゆれかがやいて居ます。そして咲き乱れた花が一ぱい! 人は花子のほか誰れも居ません。おかしいとおもいました。少し淋しくありました。が花子は直ぐそれを忘れました。
「摘み草して遊ぼうや」
 花子の手近につくしん坊が一本ありました。肥えて丈の高いつくしん坊です。
「つうくし、つうくし」
 ぽきんと花子が折ろうとするとつくしん坊は声をあげました。
「おい、亂暴するな。俺は一郎だぞ」
「一郎って私の大きい兄さんの名よ」
「そうだ、俺はお前の兄さんだ」
 花子は不平でした。だが、大切な兄さんを折るわけにも行きませんから少し歩いて行きました。一面なつばなです。なかで一番勢いよく穂を立てて居るのを花子は抜こうとしました。
「いたずらするな。僕は二郎だ」
「つばなが二郎さんてあるもんですか私の兄さんつばなじゃないわ」
「いいや、つばなだ、僕は二郎だ」
 なるほど二郎の軍人帽の毛にそっくりなつばなです。
 れんげ草を摘もうとしました。
「美代子をむしってはいやあよお姉ちゃん」
 ここに居るのは一番小ちゃい花子の妹でした。花子が驚いて飛びすさろうとする拍子に傍のたんぽぽが泣き出しました。妹の静子です。
「痛い、お姉ちゃん。私の足をふむんだもの」
 朝起きると花子は自分の部屋の前でぼんやり立ってました。
「お早う」「あら、つくしん坊の一郎さん」
「お早う」「二郎さん、つばなよ」「おや、れんげ草の美代ちゃん」「たんぽぽ、静ちゃん痛かった?」
 花子がなにをねぼけてるかとくすくす笑い乍らみんなさっさと顔洗所へ行ってしまいました。(よんべの夢あっちへ行け)花子も手を振りながらかけ出しました。



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