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はし
作品ID58364
著者岡本 かの子
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本かの子全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年1月24日
初出「新潮」1933(昭和8)年5月号
入力者門田裕志
校正者いとうおちゃ
公開 / 更新2022-04-28 / 2022-03-27
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 こどものときから妙に橋というものが好きだった。こちらの岸からあちらの岸へ人工の仕掛けで渡って行ける。そういった人間の原始的功利の考えがこどもの好奇心の頭を擡げさせやすいのかとも考える。しかしそれならなんの履物ででもあれ、その上を渡りさえすれば気が済む筈である。だが私の場合は違っていた。どの橋でも真新らしい日和下駄の前を橋板に突き当てて、こんと音をさせ、その拍子に後歯を橋板に落してからりと鳴らす必要があった。
 こん からり
 足を踏み違えて橋詰から橋詰までこの音のリズムを続け通させるときは、ほんとにお腹の底から橋を渡った気がして、そこでぴょんぴょん跳ねて悦んだ。母親は「この子の虫のせいだからせいぜいやらしてやりましょう。とめて虫が内に籠りでもしたら悪い」そういって新しい日和下駄をよく買い代えて呉れた。たいがい赤と黄色の絞りの鼻緒をつけて貰った。
 こういう風に相当こどものこころを汲める母親だったが、私の橋のさなかで下駄踏み鳴らしながら、かならず落す涙には気がつかなかった。私は橋詰から歩いて行ってちょうど橋の真中にさしかかる。ふと両側を見る。そこには冷たい水が流れている。向うを見ると何の知合いもない対岸の町並である。うしろを観る。わが家は遠い。たった一人になった気がしてさびしいとも自由ともわけもわからぬ涙が落ちて来る。頭の上に高い太陽――こういう世界にたびたび身を染めたくて私は橋を渡るのを好んだのかも知れない。
 ある早春の晴れた昼である。わたしはまた橋を渡り度くなって町に一番近いそこへ行った。その橋は短かったが修繕し立ての橋板はまだ生木の潤いを帯びていて音を含んでなつかしく響いた。橋詰に珍らしく大きな猫柳の木があって、満枝の芽はやや銀の鋒鉾を現しかけていた。それは風の吹くときだけ光った。あるとき私が橋を渡り終えて悦んでぴょんぴょん例の小躍りをしていると、突然その木の蔭から汚ない服装の男が飛び出して私を捕えた。
 ――このあまっちょだな。毎日下駄を鳴らして通ってうるせえのは。よし下駄を取上げてやる。
 そういって彼は私の下駄を捩ぎ取った。わたしは泣いて帰った。その男は橋の傍のいかけ師の主人でもとは相当の家だったが、先代から微禄したのを私の家の勢力の為だと思い僻み、こんな悪苛めもするのである。母親はそのわけを私に話しさっそく遣いのものを下男に持たせ下駄を取戻して来て呉れた。下駄は戻った。然し私は深くこのことを恨んだ。そして橋はそれきり渡らなくなった。
 橋についての執着は娘時代から結婚時代に入っていつとはなく薄れて行ったが、それが今度の洋行ときまるとなぜかふたたび濃くなって来た。外国でいくつか渡る橋を想像したとき執着の口火がふたたびつけられたのかも知れない。従ってあのときの恨みも橋の興味にくくりつけた小荷駄のようになって一しょにせり上って来た。私は恐ろしく思っ…

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