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食魔に贈る
ぐるめにおくる
作品ID58377
著者岡本 かの子
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本かの子全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年1月24日
初出「中央公論」1932(昭和7)年3月号
入力者門田裕志
校正者いとうおちゃ
公開 / 更新2022-11-09 / 2022-10-26
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

Larue

 巴里の雑踏はそこから始まるという大並木路マデレンの辻の角に名料理店、ラルュウがある。
 店をイルミネーションで飾るでもなし、英字新聞の大陸版へ広告を出すでもなし、表の構えは普通に塗った木目の板で囲い、ただ内側だけ気持よくこしらえてしとやかに客を待つといった風だ。もし春の夕闇に鶉の下蒸しの匂いが廚房から匂って出なかったら通りがかりの人はおそらくこの辺にあり勝ちの住宅附事務所とも思って過ぎてしまうだろう。
 しかし客が入口の扉を繰るやさすが名料理店の節度が其処に待ち受けている。輩下を従えた老給仕頭が慇懃に迎い入れる。その瞬間に彼は客が食通であるか無いかおおよそ見分ける。舌のない客と鑑別ければ左室の通称「悪い側」の方へ入れる。其処では客はたとえでたらめな皿の取り方をしても宜い、四囲の客も皆そうなのだ。若し舌のある客と認められたら彼は右側の室へ入れられる。気を付けなければいけない、ここは食慾の道場だ。三昧を擾してはならない。人々は敬虔に本能に祷り入っている。人々の態度はいう。
「食事は祭典だ」
 客の質は違っても右と左の部屋の造りは同じだ。白と金の羽目框、室内を晴やかに広く見せる四方の鏡壁、窓脇腰掛と向き合う椅子は薔薇いろの天鵞絨張りで深々としている。静で派手な電光。それは一通り世の中を知ったマダムだ。しかし年は若い。彼女は長い裾の着物を着る。絵のような帽子を冠る。そして口紅だけは避けて素でさっぱりしている。ざっとこんな感じの部屋だ。
 一たい巴里で料理専門の店にはこうした造りが多い。広さもそう広くない。きまった客の数だけを宝石箱の中へ入れるように大事にして、食事専念の志を擾すまいと万事に努める。給仕に偏執狂を扱う看護卒のような心得がある。これから見ると大ホテルの食堂などは野外饗宴だ。虚栄の風で食物の味は吹き曝されて仕舞う。
 真に食道楽の客は大かた一人で来る。彼はかならず窓脇腰掛の角隅に席を選む。彼には何年来定まった席があるのだ。その席がもし他の客に占られていたなら睨む。しばらく立並んで呪いの眼で睨む。それからふしょうぶしょうに臨時の席につく。実際巴里人には妻も子も持たないで生涯の愛を舌に捧げる食道楽がたくさんある。彼等は肥っているが美食に疲れその皮膚は不自然に箍になって弛んでいる。彼等は美しい女を見ても本能を食慾の方へ導いてうまそうだと思う。肝や臓物を多く食うので胆石病にかかり易い。彼等が食道狭窄症に陥ってもう食えなくなる。いよいよ終りが来た。その時彼は好みの白葡萄酒を身体にかけて貰いヨセフ料理店の牡蠣料理を取寄せて眼の前で友人に食べて貰うのを眺めて満足して死ぬ。彼の最後のあきらめはこうである。「おれも一生かなりよく食った――」
 マデレーン寺院の片頬を染めた春の西日が全く落ちて道路につぶつぶの燈と共に食酒を飲んだあとの男女の群が華やかに浮出るこ…

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