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阿難と呪術師の娘
あなんとじゅじゅつしのむすめ
作品ID58398
著者岡本 かの子
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本かの子全集1」 ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年1月24日
初出「読売新聞」1928(昭和3)年5月6日~6月19日
入力者門田裕志
校正者いとうおちゃ
公開 / 更新2021-03-01 / 2021-05-27
長さの目安約 57 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人物
釈尊、阿難、目連、呪術師の老女、老女の娘、外道の論師、市の人々、諸天、神将達、大勢の尼僧。
場所
舎衛城内外。

第一場


(舎衛城郊外の池、呪術師の娘水を汲みに来り、水甕を水に浸せし儘、景色に見入りて居る。)
娘 ――(独白)光は木々の葉に戯れ、花は風に揺られて居る。大地と空とが見交す瞳の情熱の豊さ、美しくも妬ましき自然――おお私にも心を迎えて呉れる清らかな胸が無いものか。
(阿難、鉢を持って行乞の戻りの姿、池を見て娘の傍に近づく。)
阿難 ――女人よ。水を一杯供養して下さい。
娘 ――(急ぎ木蔭に身を隠す。)尊きみ僧に水を差し上ぐるは容易い御用で御座ります。(しばらく躊躇して)が、わたくしはあなた様方にとって、けがれた職業の者の娘で御座います。
阿難 ――何の御職業か存ぜぬが私達は人に高下をつけません。ましてや世の営みの職業なら、何なりとも尊い事に存じて居ります。
娘 ――でも……。
阿難 ――それほど御遠慮なさるなら、では斯うなさって下さい。私も仏の御弟子という資格を捨てて水を頂戴致しますから、あなたもお職業の娘という資格を捨てて水を振舞って下さい。そうすれば、けがれる、けがれぬの心配もありませぬ。唯渇いた人間に、同情ある人間が水を与える。――之こそ本当の布施の道に適った行で御座いましょう。
娘 ――有難う御座います、では差し上げさして頂きます。
(娘、わななく手で水甕を差出す。阿難、飲み終り礼して去る。娘、いつまでも阿難の姿を見送る。)

第二場


(舎衛城内広場、餅施行の札が立って居る。阿難、甲斐々々しき姿にて、群がり来る人々に忙がしげに餅を与えて居る。)
乞食甲 ――坊主、おいらに呉れ。
阿難 ――はい。
乞食甲 ――なんだ、一つか。
阿難 ――どなたにも一つずつですよ。
乞食甲 ――けちんぼ。
乞食乙 ――坊さん、うちに伜とかかあが待って居るんだ。三つ呉れ。
阿難 ――只今茲へお見えになる方だけに、一つずつ差し上げることになって居ます。お見えにならぬ方には、後程餅が余った時にまた差し上げますから。
乞食乙 ――勝手にしやがれ。
(その時外道の論師、群集を押し分けずかずかと施行台の前に立つ。群集互に囁き合い乍ら席を開き、何か事の起るを予期する興味にて静まり返る。)
論師 ――貴き御僧。御身に問わん。只今施行するその餅、その性、有か、無か。
阿難 ――失礼ですが今日は議論にお答え致しかねます。師は今日私に餅の施行を命ぜられて、議論を応けよとは命ぜられませんでした。
論師 ――それは法に不忠実と云うものだ。法の討論より餅の方が大事というのか。
阿難 ――何と仰しゃっても議論のお答えは致しかねます。餅なら差上げますが。
論師 ――それじゃ餅をもらってやろう。餅を呉れ、餅を。だが其れには少し注文がある。餅を手を使わずによこせ。そしたら受取ってや…

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