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小泉八雲の家庭生活
こいずみやくものかていせいかつ
作品ID59303
副題室生犀星と佐藤春夫の二詩友を偲びつつ
むろうさいせいとさとうはるおのにしゆうをしのびつつ
著者萩原 朔太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「ちくま日本文学全集 萩原朔太郎」 筑摩書房
1991(平成3)年10月20日
初出「日本女性」1941(昭和16)年9月号・10月号
入力者きりんの手紙
校正者岡村和彦
公開 / 更新2021-06-27 / 2021-05-27
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 万葉集にある浦島の長歌を愛誦し、日夜低吟しながら逍遥していたという小泉八雲は、まさしく彼自身が浦島の子であった。希臘イオニア列島の一つである地中海の一孤島に生れ、愛蘭土で育ち、仏蘭西に遊び米国に渡って職を求め、西印度に巡遊し、ついに極東の日本に漂泊して、その数奇な一生を終ったヘルンは、魂のイデーする桃源郷の夢を求めて、世界を当なくさまよい歩いたボヘミアンであり、正に浦島の子と同じく、悲しき『永遠の漂泊者』であった。
 しかしこの悲しい宿命者も、さすがに日本に渡ってからは、多少の平和と幸福を経験した。日本は後年の彼にとって、最初の幻惑した印象のごとく、理想の桃源郷やフェアリイランドではなかった――後年彼は友人に手紙を送り、ここもまた我が住むべき里に非ずと言って嘆息した――けれども、貞淑で美しい妻をめとり、三人の愛児を生み、平和で楽しい家庭生活をするようになってから、寂しいながらも満足な晩年を経験した。ヘルン自ら、絶えずそれを羞恥したごとく、彼のように短身矮躯で、かつ不具に近い近眼の隻眼者で、その上に気むずかし屋の社交下手であったことから、至るところ西洋の女性に嫌われ通していた男が、日本に来て初めて人並の身長者となり、人並以上の美人を妻としかつその妻に終世深く愛されたことは、いかにしても得がたき望外の幸福であったろう。彼の妻(小泉節子夫人)が、その旧日本的な美徳によって、いかに貞淑に良人に仕え、いかによく彼を愛し理解していたかということは、後年彼が多少日本に幻滅して、在外の友人に日本の悪評を書いた時さえ、日本の女性に対してだけは、一貫して絶讃の言葉を惜まなかったことによっても、またその多くの『怪談』に出て来る日本の女性が、ちょうど彼の妻を聯想させるごとき貞婦であり、旧日本的なる婦道の美徳や、そうした女に特有の淑やかさいじらしさ、愛らしさを完備した女性であることによっても知られるのである。筆者がかつて評論した、有名なヘルンのエッセイ『ある女の日記』も、校本に拠るところがあるとは言いながら、実はその愛妻節子夫人を、半面のモデルにしたものと言われている。幼にして母を失い、他人の家に養われ、貧困の中に育ち、飢餓と冷遇を忍びながら、職を求めて漂泊し、人の世の惨たる辛苦を嘗めつくして、しかも常に魂の充たされない孤独に寂しんでいたヘルンにとって、日本はついにそのハイマートでなかったにしろ、すくなくともその妻に抱擁された家庭だけは、彼の最後に祝福された、唯一の楽しい安住の故郷であった。おそらくヘルンはその時初めて心の隅に、幸福という物の侘しい実体を見たのであろう。
 すべて貧困の家に育ち、肉親の愛にめぐまれずして家庭的、環境的の不遇に成長した人々は、そのかつて充たされなかった心の飢餓を、他の何物にも増して熱情するため、後に彼が一家の主人となった場合、その妻子の忠実な保護者とな…

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