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悲しい新宿
かなしいしんじゅく
作品ID59329
著者萩原 朔太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第九卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年5月25日
初出「國民新聞」1934(昭和9)年12月11日
入力者きりんの手紙
校正者岡村和彦
公開 / 更新2020-11-01 / 2020-10-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 世田谷へ移つてから、新宿へ出る機會が多くなつた。新宿を初めて見た時、田圃の中に建設された、一夜作りの大都會を見るやうな氣がした。周圍は眞闇の田舍道で、田圃の中に蛙が鳴いてる。そんな荒寥とした曠野の中に、五階七階のビルヂングがそびえ立つて、悲しい田舍の花火のやうに、赤や青やのネオンサインが點つて居る。さうして眞黒の群衆が、何十萬とも數知れずに押し合ひながら、お玉杓子のやうに行列して居る。悲しい市街の風景である。

 だが慣れるにしたがつて、だんだんかうした新宿が嫌ひになつた。新宿の數多いビルヂングは、何かの張子細工のやうに見えるし、アスハルトの街路の上を無限に續く肥料車が行列して居る。歩いてる人間まで田舍臭く薄ぎたない。新宿ほどにも人出が多くて、新宿ほどにも非近代的な所はなからう。昔私が子供の時、新宿は街道筋の宿場であつて、白く埃つぽい田舍の街路が續いて居た。道の兩側に女郎屋が竝び、子供心の好奇心で覗いて歩いた。その女郎屋の印象は、私の故郷上州で唄ふ盆踊りの歌「鈴木主水といふ侍は、女房子供のあるその中で、今日も明日もと女郎買ひばかり。」といふ歌の田舍めいた侘しい旋律を思ひ出させた。そんな田舍臭い百姓歌の主人公が、灯ともし頃に羽織をきて、新宿の宿場を漂泊して居るやうな氣がした。そしてこの侘しい印象は、ネオンサインの輝く今の新宿にも、不思議に依然として殘されて居るのである。
 新宿の或る居酒屋で、商人たちの話を聞いて悲しくなつた。皆が口をそろへて言つてることは、百貨店の繁榮が小賣商人を餓死させると言ふことだつた。少し醉の[#挿絵]つて來た連中は、○○や○○等の百貨店を燒打ちして、すべての高層建築を新宿から一掃しろと主張して居る。それから最後の結論として、皆が一緒に歎息したことは、昔の馬グソ臭い新宿情趣が、近代文明の爲に次第に廢滅して行くといふことだつた。蓄音機はのべつに浪花節をかけ通して居た。私は妙に悲しくなつて、酒も飮まずに出てしまつた。あのビルヂングの林立する新宿の町々に、かうした多くの人物が生棲してゐることを考へ、都會の隅々に吹きめぐる秋風の蕭條といふ響を聞いた。

 新宿で好きなのは、あの淀橋から煙草工場の方へ出る青梅街道の通である。停車場のガードをくぐつて坂を登ると、暗い煤ぼけた古道具や、安物の足袋など店に竝べた、昔の宿場そつくりの町がある。街路は冬のやうに白つちやけて、昔ながらの大道店が、ガマの油や、オツトセイや、古着類や、縞蛇や、得體のわからぬ壞れた金物類などを賣つてる。歩いてゐる人たちも、一樣に皆黒いトンビを着て、田舍者の煤ぼけた樣子をして居る。秋の日の侘しく散らばふ青梅街道。此處には昔ながらの新宿が現存して居る。しかもガードを一つ距てて、淀橋の向ふに二幸や三越のビルヂングが壘立し、空には青い廣告風船があがつて居る。何といふ悲しい景色だらう。…

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