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中原中也君の印象
なかはらちゅうやくんのいんしょう
作品ID59333
著者萩原 朔太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第九卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年5月25日
初出「文學界 第四卷第十二號」1937(昭和12)年12月号
入力者きりんの手紙
校正者ニオブ
公開 / 更新2019-10-22 / 2019-09-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 中原君の詩はよく讀んだが、個人としては極めて淺い知合だつた。前後を通じて僅か三囘しか逢つて居ない。それも公會の席のことで、打ちとけて話したことはなかつた。ただ最後に「四季」の會で逢つた時だけは、いくらか落付いて話をした。その時中原君は、強度の神經衰弱で弱つてることを告白し、不斷に強迫觀念で苦しんでることを訴へた。話を聞くと僕も同じやうな病症なので、大に同情して慰め合つたが、それが中原君の印象に殘つたらしく、最近白水社から出した僕の本の批評に、僕の人物を評して「文學的苦勞人」と書いてる。その意味は、理解が廣くて對手の氣持ちがよく解る人(苦勞人)といふのである。僕のちよつとした言葉が、そんなに印象に殘つたことを考へると、中原君の生活はよほど孤獨のものであつたらしい。大體の文學者といふものは、殆んど皆一種の精神病者であり、その爲に絶えず惱んでゐるやうなものであるが、特に中原君の如き變質傾向の強い人で、同じ仲間の友人がなく、その苦痛を語り合ふ對手が居なかつたとしたら、生活は耐へがたいものだつたにちがひない。前の同じ文中で、中原君は僕のことを淫酒家と言つてるが、この言はむしろ中原君自身の方に適合する。つまり彼のアインザアムが、彼をドリンケンに惑溺させ、醉つて他人に食ひついたり、不平のクダを卷かさせたのだ。この酒癖の惡さには、大分友人たちも參つたらしいが、彼をさうした孤獨の境遇においたことに、周圍の責任がないでもない。つまり中原君の場合は、強迫觀念や被害妄想の苦痛を忘れようとして酒を飮み、却つて一層病症を惡くしたのだ。所でこの種の病氣とは、互にその同じ仲間同士で、苦惱を語り合ふことによつて慰せられるのだ。酒なんか飮んだところで仕方がないのだ。
 中原の[#「中原の」はママ]最近出したラムボオ譯詩集はよい出來だつた。ラムボオと中原君とは、その純情で虚無的な點や、我がままで人と交際できない點や、アナアキイで不良少年じみてる點や、特に變質者的な點で相似してゐる。ただちがふところは、ラムボオが透徹した知性人であつたに反し、中原君がむしろ殉情的な情緒人であつたといふ一事である。このセンチメントの純潔さが、彼の詩に於ける、最も尊いエスプリだつた。



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