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化学調味料
かがくちょうみりょう
著者北大路 魯山人
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人著作集 第三巻」 五月書房
1980(昭和55)年12月30日
初出「星岡 37号」星岡窯研究所、1933(昭和8)年12月
入力者江村秀之
校正者栗田美恵子
公開 / 更新2020-09-21 / 2020-08-28
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 化学調味料は近来非常に宣伝されているが、わたしは化学調味料の味は気に入らない。料理人の傍らに置けば、不精からどうしても過度に用いるということになってしまうので、その味に災いされる。わたしなどは化学調味料をぜんぜん調理場に置かぬことにしている。化学調味料も使い方でお惣菜的料理に適する場合もあるのだろうが、そういうことは純粋な味を求める料理の場合には問題にならない。今のところ、純粋な味を求める料理のためには、なるだけ化学調味料は使わないのがよいと思う。上等の料理、最高の料理には、わたしの経験上化学調味料は味を低め、かつ味を一定していけないようだ。こぶなりかつおぶしなりのだしで自分流に調味するのがいちばんいい。
 たとえ化学調味料がいいとしても、物にはそれぞれ千差万別の持ち味があるのだから、こればかりは人間の力ではどうすることもできないものだといえよう。それを化学調味料という一つの味で、日本料理・中国料理・西洋料理と調味するのは無理である。そんなことをするくらいだったら、自由自在に、それぞれの持ち味をとり入れたらよいのであって、それに砂糖・塩・酢・酒などで補えばよろしい。
 化学調味料も死んだ味を生き返らせる意味で、ある場合はよろしい。わたしのところでは百グラムのカンだと三年たってもまだなくならない。ほんとうに化学調味料を生かして使っているのは、わたしだけだといえるだろう。来客料理、あるいは、わたし一人の料理の場合に使ってはいるが、機微を得た使い方をして、生かしているのである。
 化学調味料を使用すれば、不精者にはまことに都合がよろしい。だが、これらのひとびとは、味の低下をもたらす元凶だといいたい気がするのである。彼らは化学調味料の真の活用法を知らない徒輩といえよう。
 昔、わたしが星岡で料理の講習をしていた時に「味の素」社長夫人が聴講生のメンバーに加えて欲しいといってきたことがあった。わたしはその時の講習で「味の素をなるべく使用するな、料理が台なしになる」といっていたのだから、夫人が満座の中でそれを聞くにたえないだろうと思い「あきらめなさい」と言付けたことがあった。
 日本の食品材料には天与の美しい味がある。それは自然だから無条件で永続できるし、飽きることもない。天の与えた自然の味を確認し、これを充分に生かすことを考えて欲しい。
 ただし、これは化学調味料のような粉末ではないので、椀の中に振りかけることはできないが、味もあり、栄養価値もあるのである。手間はかかるが、化学調味料を用いるくらいなら、こちらの調味料、すなわち自然の持ち味を生かすことをお勧めしたい。
 ラジオ・テレビなどで認識不足な料理研究家が、むやみと化学調味料に依存するようなていたらくはせぬ方がいいように思える。
(昭和八年)



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