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![]() たんぽうみどろがいけのじゅんさい |
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作品ID | 59647 |
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著者 | 北大路 魯山人 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「魯山人著作集 第三巻」 五月書房 1980(昭和55)年12月30日 |
初出 | 「星岡 31号」星岡窯研究所、1933(昭和8)年6月 |
入力者 | 江村秀之 |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2021-05-19 / 2021-04-27 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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京都上鴨の深泥池のじゅんさいは、日本で一番いいという話は、かって本誌にも話したことがあった。今度自分は、京都に旅行したついでに、その深泥池に行って来た。
京都に行って様子を聞いてみると、深泥池のじゅんさいは、ちょうど五月一日から採り初めるとのことであった。古くからやかましい深泥池は、四方が山々にかこまれて、深刻な古びた感じのところと想像していたのに反して、ただ反面だけが山で、明るい平凡な池であった。池の周囲は、小一里位もあっただろうか。
そこに行ってみてわかったことだが、じゅんさいの一番いいのは、深泥池ではなかった。もっと奥の山一つを越して十丁ほど離れているなんとかいった池の方だった。これは、三方山陰になっているので幽邃な感じがして、池も深いようだった。ここは、山陰になっているせいか発芽が遅れて、五月十日頃から採ることになっている。深泥池を朔日から採り始めてそれを一応採り尽すと深泥池を再び採り始める。順次かくしてあちらを採り、こちらを採りして九月十日頃まで採り通しにしている。
この二つの池のじゅんさいが他所のよりもいいことは、あの透明なヌルヌルがたくさんあることである。このヌルヌルは新芽の発育を擁護するためあるものだと思っていたのに、太い丈夫なところにもあるのを見ると、他に理由があるものらしい。
採っている舟は梯子みたいなものに盥を載せている。南洋土人でも作りそうな原始的な舟であった。この舟に乗って朝六時頃から夕方頃まで採り通しにしている。時たま舟の中で吸う煙草が無上の楽しみだとのことだった。
この池のじゅんさいを採るのに一年に権利金が三百円いる。私が見に行った時の様子では、一日五升くらい採れそうであった。蔓を鎌で舟に引き寄せて、右の拇指の爪を非常に長く伸ばしていてヌルヌルの新芽を人差指の上にのせて切り取るのである。
この池のじゅんさいの中、東京に出て来るのは約二割くらいであった。後は京、大阪辺にさばかれている。東京に出るじゅんさい採りは丸尾といっている。山城屋に渡り山城屋から茶寮などでも買い出している。東京に出荷したじゅんさいの五割以上八割まで星岡に費っている。私が池にほかの人の紹介で出かけて行ったのに、先方はよく私のことを知っていてじゅんさいの瓶を二つくれたり、加茂のかき餅をくれたりして大歓迎だった。他の国でもじゅんさいは方々で採れてはいる。そういうのは採る時期を誤り採り方が違い、性質もまた異なっていることだと思う。葉ばかり大きくて、例のヌルヌルが少ない。
いずれにしても、じゅんさいは日本最高の美食に属するものだと思っている。
(昭和八年)