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室生犀星君の飛躍
むろうさいせいくんのひやく
作品ID59982
著者萩原 朔太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第八卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年7月25日
初出「文藝春秋 第六卷第四號」1928(昭和3)年4月号
入力者岡村和彦
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2022-11-01 / 2022-10-26
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 僕は一つの飛躍を見た! 室生犀星君に就いてである。
 最近二三ヶ月の間に、彼は驚くべき跳躍をした。勇敢にも、過去の一切を投げ出し、鷲のやうに空を飛んだ。僕はそれを見て勇氣が起り、慄然とし、人生の力ある意志を感じた。
 實に室生犀星の今日あるは、僕がかつて前に豫感し、且つ言つたのである。(雜誌・椎の木所載・室生犀星君の心境的推移について・參照)それは最近出版された彼の詩集『故郷圖繪集』を見た時、最も明白に直感された。何となればその詩集は、二つの別な方向を目ざす所の、互に矛盾した心境からなつてるもので、二部混亂の不統一を示してゐたから。僕がその詩集を讀んだ時に、矢のやうに來り、早くも心に浮んだものは、室生の心境生活の變化であつた。一方に於て、彼はその風流哲學を徹底させ、身を以て藝術を完成させようとする芭蕉的人生觀を持しながら、一方に於ては之れに裏切り、憤激して一切を破壞しようとする所の、矛盾の止みがたい苦惱があつた。詩集『故郷圖繪集』は、この二つの心境の對立した、苦々しく不調和な表象を讀者にあたへた。
 傷ましいかな! 今や犀星の風流生活は、その必然的の破滅に際してゐる。新しいものが、來るべき生活の展開が、彼について近く起るだらうと、僕はその時以來考へてゐた。そしてそれ故に――實にそれ故に――僕は勇躍して室生犀星論を書き、彼に對する友誼的公開状を發表した。もちろん僕は、それによつて彼を怒らすことを考へてゐた。だが室生は、僕について怒るよりも、むしろ彼自身について怒り、早く既に生活の展開を準備してゐた。今や我が室生犀星は、あらゆる悲痛な勇氣をもつて、その長く築きあげた藝術の城を破壞し、自ら叫んで野獸の如くならうとしてゐる。實に室生犀星の勇敢と正直さとは、彼自ら芥川君について言つた如く、悲壯にもその『風流の假面を肉つきのままで引つぺがした』のである。(この室生の言が、芥川龍之介について言つたのでなく、室生自身について言つたのであることは、少し敏感の讀者になら解る筈だ。彼はいつでも、さういふ物の言ひ方をする。)
 室生犀星はかう言つた。僕はもう庭も要らない。陶器も人にやつてしまふ。僕は過去一切の生活を破壞すると。この言を風聞した時、僕は魂の慄然とした震へを感じた。何となれば僕は、彼がどんなに庭を愛し、どんなに石や陶器を愛してゐたかを、知りすぎるほど知つてゐたから。實にそれらの庭や石やは、彼の單なる道樂でなく、過去に於ける彼の藝術であり、生活そのものであつたのだ。そして、今此等の物を棄てるといふのは、室生にとつてその一切――藝術と生活との一切――を棄てることに外ならない。しかもそれは、過去に長い間かかつて修養し、血を以て築きあげた財産である。今、室生犀星は決然として、眞にその一切を棄てると言ふ。たれか必死の覺悟なしに、この決心が出來るだらうか。僕は悲痛の感なしに居られ…

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