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室生犀星に与ふ
むろうさいせいにあたう
作品ID59983
著者萩原 朔太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第八卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年7月25日
初出「新潮 第二十五年第一號」1928(昭和3)年1月号
入力者岡村和彦
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2021-08-01 / 2021-07-27
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 室生君!
 君との友情を考へる時、僕は暗然たる涙を感ずる。だがそれは感傷でなく、もつと深い意味のものが、底から湧いてくるやうに思はれる。いかにしても、僕にはその意味が語りつくせない。だが力の及ぶだけ、貧しい表現をつくしてみよう。

 室生君!
 いかに過去に於て、僕が君の詩に魅惑されたか。君の「抒情小曲集」にある斷章や「ふるさと」の詩を、始めて北原白秋氏の雜誌で見た時に、僕は生來かつて知らない詩の幸福を味つた。町を行くときも、野に行くときも、僕は常に君の詩をふところにし、そして絶えず口吟み朗吟してゐた。僕はすつかり、君の小曲を諳誦してしまつた。その頃、丁度同じ北原氏の雜誌に僕も詩を書いてゐた。だが僕は、君によつてすつかり征服され、到頭競爭の念を捨ててしまつた。僕は君の弟子になり、改めて始めから詩を學ばうと決心した。僕は或る日、まだ見ぬ君に對する敬愛と思慕の念に耐へかねて、長い戀文のやうな手紙をかいた。その手紙では、僕は弟子としての禮儀をつくした。僕は君の靴の紐を解くだに足りないもの、數ならぬ砂利の一つだと書いた。それほど君の藝術が、魔力のやうに僕を魅惑してしまつたのだ。
 翌年の春になつて、雪の深い北國の金澤から、君は土筆のやうに旅に出て來た。我々は始めて逢つた。そして櫻の莟が脹んでゐる前橋公園の堤防を、二人は寒さうに竝んで歩いた。君は田舍の野暮つたい文學書生のやうに、髮の毛を垢じみて長くはやし、ステツキをついて肩を四角に怒らせてゐた。單に風采ばかりでなく、君の言行の一切が田舍臭く、野卑の限りをつくしてゐた。どこか君の言行の影に、田舍新聞の印刷インキの臭ひがした。君は絶えず言つた。
「我々は大家です。」
「君の所に記者が來ますか。僕は××新聞の訪問記者に對して、詩に關する談話をしてやつたです。」
 當時白秋氏の厚意によつて、辛うじてその雜誌に投書を掲載してもらつてゐる所の、全然無名な僕等に於て、かうした事實のあるべき道理がないので、君の言ふことがデタラメであり、空想の誇張であるといふことがさすがに世慣れない僕にもすぐ解つた。そして君の金澤における生活が、さうした田舍らしい文學青年の談話の中で、常に環境されてゐるといふことが、すべての言語や動作から推察された。
 明らかに告白すると、當時僕は甚だ不愉快の印象を君から受けた。僕は君の詩風から聯想して、高貴な青白い容貌をした、世慣れない温和の青年を考へてゐた。然るに實際の人物に逢つてみると、意外にも空想が根本から裏切られた。あらゆる點に於て、君は僕の想像に反對だつた。容貌から言へば、君は猪のやうにゴツゴツしてゐたし、おまけに亂暴書生の如く肩を怒らし、ステツキを突いて高下駄を引きずり歩いた。のみならず性格が、丁度またその通りであつた。即ち一言にして言へば、「粗野」といふ言語が君の一切を盡してゐた。しかしそれが、地方…

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