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室生犀星の印象
むろうさいせいのいんしょう
作品ID59985
著者萩原 朔太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第八卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年7月25日
初出「秀才文壇 第十八年第六號」1918(大正7)年6月号
入力者岡村和彦
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2022-03-26 / 2022-02-25
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 室生とはあまり知りすぎて居るので、却つて印象といふやうな者がない。私が始めて彼の名を知つたのは、北原白秋氏の雜誌ザムボア(今のザムボアではない)で、彼の敍情小曲を見た時からだ。その時分は僕等もまた少年時代の心もちがぬけないで、たいさう純樸な若々しい情緒をもつて居たので、お互に浪漫的な小曲をかいてゐた。言はば此の時代は、あの「コサツク」を書いたトルストイ、「貧しき人々」を書いたドストイエフスキイの時代であらう。
 室生のリズムが、どういふものかすつかり氣に入つてしまつて、たまらなく感心したのでたうとう未見の彼と逢ふことになつた。郷里の停車場で始めて逢つた時の室生は、詩から聯想してゐたイメーヂとは、全でちがつた人間であつた。私は貴族的の風貌と、青白い魚のやうな皮膚を心貌に畫いて居た。然るに事實は全く思ひがけないものであつた。妙に肩を怒らした眼のこはい男が現はれた時、私にはどうしてもそれが小曲詩人の室生犀星とは思へなかつた。
 かういふわけで、室生の最初の印象は甚だ惡かつた。容貌ばかりでなく、全體の態度や、言葉づかいや、言行からして、何となく田舍新聞の記者とかゴロツキ書生とかいふ類の者を思はせる所があつた。然るに不思議なことは、その後益[#挿絵]彼と親しんでくるに從つて、彼の容貌や、そのユニツクな人格や態度が、奇體に藝術的な美しさを以て見られてきた。「愛とは美なり」といふことは、實際どんな場合にも事實である。彼と私との友情が如はるに[#「如はるに」はママ]順つて、始め不快であつた彼の怪異な風采が、次第次第に快美なリズムに變つてきたのは不思議である。今の室生は勿論、全體に於て昔の金澤時代の彼とは變つて居るが、とにかく彼の容貌には、どこかヱルレエヌやベトーベンに見るやうな、藝術的の「深みある美しさ」があることを、近來になつてしみじみと感じてゐる。ほんとの美といふものは、矢張人格や心性からくる者であつて、單なる皮膚や肉づきから生れる者ではないやうだ。「偉人の容貌には奧深き美がある」といふことは、たしかに眞實である。
 室生のやうなユニツクな個性をもつた人間は、百萬人に一人も居ないと思ふ。北原氏は室生を評して「自然兒」と言つてゐるが、この言葉は彼の性格のある一面を最もよく説明してゐる。ホイツトマンでも、ヱルレエヌでも、詩人の性格にはどこか皆純樸な子供らしさや、ナイーヴな野蠻めいた所や、エゴの強いお坊つちやんらしい所のある者だが、とりわけ室生にはさうした方面の傾向が烈しいやうだ。併し彼はまた一面に非常に涙もろい處女のやうな優しい心をもつた男だ。それは彼が長い間逆境にあつて苦勞したためである。苦勞した人間と、苦勞しない人間(世間的生活的の意味でいふ)とは、他人に對する「思ひやり」や、氣の毒な人たちに對する心のもち方ですぐわかつてしまふ。同じエゴイストでも、苦勞した人はどこか…

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