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鵠が音
たづがね
作品ID60670
副題02 島の消息
02 しまのしょうそく
著者折口 信夫 / 釈 迢空
文字遣い新字旧仮名
底本 「鵠が音」 中公文庫、中央公論社
1978(昭和53)年8月10日
入力者和田幸子
校正者ミツボシ
公開 / 更新2022-02-17 / 2022-01-28
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

硫黄を発掘する人々の外に、古加乙涅を栽培する数家族が、棲んでゐた。其人々を内地に移した。さうしてそこに、後から/\送つた兵隊で、島は埋まれてしまつたと言ふあり様であつた。春洋と、春洋の所属する「膽二十七玉井隊」の一大隊が上陸したのは、昭和十九年の七月であつた。食糧なども、前からゐる隊のやうに、すら/\と渡らなかつたらしい。――これは後に聞いた話である。
みんな一度は、ぱらちぶすに罹り、島の硫黄泉で、腹を損じた。
そんな間に、手紙やはがきを、よこした。極端に変化のない生活の間に、書き知らせる事件を見つけることすら、なか/\容易でなかつたことゝ思ふ。
其でも、長短二十通に及ぶ島のおとづれを、送つて来てゐる。
此は、唯その一部、島に渡つて四度目の手紙と、その外の数通のうちから、抜き書きしたものである。
○第四回目の通信です。月に二回と限られてゐるので、今頃になつて、やつと、……
○この頃、しきりに以前の旅行の記憶が、身に沁みて来ます。
 琉球などでも、今行けば、あんなに楽しい所ではないでせう。併し、あれだけの広さと言ふことゝ、あれだけの古い人生のあることゝは、そこに暮すあぢきない日々にも、何かなごやかな気持があることでせう。
○こゝは、殺風景なものです。人生らしいものは見られず、跡はあつても、昨日あつたといふばかりの新しい歴史にもなつてゐないものゝ痕跡しかない――自然と言へば、あまり自然に近い、この島の姿は、われわれの様な教養の偏した心には、さびしくて堪へられないものです。
○寝ても、覚めても、銭一文遣ふ方法のない生活です。財布はすつかり、守り袋に変つてしまひました。これが自在に使へるならまだしもいゝのだがと、そんなことを考へることもあります。道ばたにも、何一つあるではなし、唯与へられる食物を、事務的に消化してゆくばかり。
○水に恵まれぬといふことは、人間、何より苦しいことだ、と今度といふ今度、身に沁みて思ひ知りました。
○時々、風のやうに聞えて来る、独逸の狭まつて行く戦況なども、皆の心をさびしくします。
○東京には、議会がはじまつてゐるとのこと。あわたゞしい世の中の様子も、真の姿がわからないから、兵隊なども、時々やるせない気がするやうです。
○学校の方なども、すつかり変つてしまつたことゝ思ひます。かう言ふ世の中に、どう押しきつて行くか、国学院と言ふものゝ持つ歴史の「力」が、見つめてゐたい気がします。
 われ/\の様に、単純な任務に入つてゐると、批判も何もなく、唯なり行くまゝの世の中の、真実を知ることにうちこんでゐるだけです。――一つの科学者とおなじだ、といふ気がします。
○もつと、人生のある大きな大地に渡つて行つてゐたなら、何とか心の満足する様なことも出来るのだらうのに。あゝ、何にしても、こゝはあまり単調です。
 空に飛び立つ若人たちがふるひたつて、敵をほふり尽…

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