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鵠が音
たづがね
作品ID60829
副題03 追ひ書き
03 おいがき
著者折口 信夫 / 釈 迢空
文字遣い新字旧仮名
底本 「鵠が音」 中公文庫、中央公論社
1978(昭和53)年8月10日
入力者和田幸子
校正者ミツボシ
公開 / 更新2022-08-15 / 2022-07-27
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

鵠が音 追ひ書き  その一

釋 迢空


『……今はひたすらに、皇軍の、勝ちさびとよむ日が待たれることです。たゞ頻りに心をうつのは、兵士等が健康のうへです。わづらふ者があると、責任と謂つたことをのり越えて、身にしみて来ます。夜、目がさめて、寝ながら真向ひの星空を見てゐると、何だか来たるべきものをひた待ちにして、ぢつと穴ごもりして居るものゝやうに、思はれてなりません。歩いても、人生に触れるものがないと言ふことは、あまりにも単調なことです。かうした処に、徒らに来たる者を待たねばならぬことを思ふと、敵愾が火のやうに燃え立つてまゐります……』
春洋の第一歌集「鵠が音」を、世におくる。私がまづその気になり、春洋にも、そのよし、奨めて遣つたのには、段々の理由はあるが、時期に絡んだ、二つの問題があつたのである。併し戦場からの春洋の返書は、まだ私の手には届かぬのである。
時期の問題の一つ、――既に、歌集を持つて、世間に相当、名声の聞えた作家たちの、力量の水準には、十分達してゐること。さう言ふことが、此二三年来、殊に、春洋の歌を見る毎に、感じられるやうになつて来た。
歌集を持たねば、歌人でない、と言ふことは、ある訣のものではない。が、其があつても、わるくない時期と言ふものは、確かにあるのである。春洋の技倆の、そこに来てゐることを、私は信じてゐる。
自ら語ることは、こんな際には避けたいのだが、話をてとりばやくする為に、敢へて、書く。数月前の私の長歌に、「……いとさびし かゝる家居に、独り棲む君を残して、また 我はいくさに向ふ。洋中の島の守りに つれ/″\と日を送りて、ことあらば、玉と散る身ぞ。辛く得しひと日のいとま さは言へど、君をし見れば、時の間にやつれたまへり。……」と言ふのがあるのは、久しかつた国の備へから、南の海の守りに移つた其出で立ちの春洋の心を想像して詠じたのである。
「未練なことだけは言はずにおいて下さい。誰一人だつて、個人事情のないものはないのだから。」思ひ入つたことを言ひながら出て行つた彼の心は、教員からいくさびとへ、転生しようとして居ることが、深く感じられた。この歩兵少尉が、身命を国難に賭けて、海の守りに当つてゐる。其とて、数ならぬ身分に過ぎぬのだが、明けても暮れても、鷙鳥の羽音を頭上に聞いて、渚の玉と砕ける日を待ち望んでゐる、と謂ふやうな日々が続いてゐる以上、当然避けられぬ最期が、早晩来るには違ひない。その日の到る前、せめては、彼の研究・創作両面の為事のことで、今日までのところ一番価値ある業蹟として、短歌集だけは、纏めておいてやりたい。此が、この本を出すやうに奨めてやつた理由の二つである。
この愛国の熱情を写した、多くの作品を包容する歌集が、彼と同年代の人の心を、どれだけ浄くし、又彼よりも若い世代に、美しい感情を寄与するであらう。若しさうなれば、彼も本懐…

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