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山羊の歌
やぎのうた
作品ID894
著者中原 中也
文字遣い新字旧仮名
底本 「中原中也詩集」 岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年6月16日
初出「山羊の歌」文圃堂、1934(昭和9)年12月10日
入力者浜野安紀子
校正者
公開 / 更新1998-11-29 / 2014-09-17
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


初期詩篇



[#改ページ]

春の日の夕暮




トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです

吁! 案山子はないか――あるまい
馬嘶くか――嘶きもしまい
ただただ月の光のヌメランとするまゝに
従順なのは 春の日の夕暮か

ポトホトと野の中に伽藍は紅く
荷馬車の車輪 油を失ひ
私が歴史的現在に物を云へば
嘲る嘲る 空と山とが

瓦が一枚 はぐれました
これから春の日の夕暮は
無言ながら 前進します
自らの 静脈管の中へです
[#改ページ]






今宵月はいよよ愁しく、
養父の疑惑に瞳を[#挿絵]る。
秒刻は銀波を砂漠に流し
老男の耳朶は螢光をともす。

あゝ忘られた運河の岸堤
胸に残つた戦車の地音
銹びつく鑵の煙草とりいで
月は懶く喫つてゐる。

それのめぐりを七人の天女は
趾頭舞踊しつづけてゐるが、
汚辱に浸る月の心に

なんの慰愛もあたへはしない。
遠にちらばる星と星よ!
おまへの※手[#「曾+りっとう」、17-6]を月は待つてる
[#改ページ]

サーカス




幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処での一と殷盛り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値いリボンと息を吐き

観客様はみな鰯
  咽喉が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


     屋外は真ッ闇 闇の闇
     夜は劫々と更けまする
     落下傘奴のノスタルヂアと
     ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
[#改ページ]

春の夜




燻銀なる窓枠の中になごやかに
  一枝の花、桃色の花。

月光うけて失神し
  庭の土面は附黒子。

あゝこともなしこともなし
  樹々よはにかみ立ちまはれ。

このすゞろなる物の音に
  希望はあらず、さてはまた、懺悔もあらず。

山虔しき木工のみ、
  夢の裡なる隊商のその足竝もほのみゆれ。

窓の中にはさはやかの、おぼろかの
  砂の色せる絹衣。

かびろき胸のピアノ鳴り
  祖先はあらず、親も消ぬ。

埋みし犬の何処にか、
  蕃紅花色に湧きいづる
      春の夜や。
[#改ページ]

朝の歌




天井に 朱きいろいで
  戸の隙を 洩れ入る光、
鄙びたる 軍楽の憶ひ
  手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦んじてし 人のこころを
  諫めする なにものもなし。

樹脂の香に 朝は悩ま…

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